2023-01-04

最近読んだ本 2023年1月版

 【最近読んだ本】*執筆・研究活動以外でここ1年くらいで読んだ本を挙げて一言感想を書いておく。今年も『みすず』1/2月合併号に寄稿したが、そこに納められなかったものを中心にしている。なお、このみすず書房のPR誌は今年の8月号で休刊となり、「WEBみすず」(仮称)になるそうだ。いよいよ紙からデジタルへの動きが急にも見えるが、他方、人文書では紙版を重視することは変わっていない。以下で文献学(Philologie)関係を意識しているのはそれと関わっている。『みすず』1/2月合併の「読書アンケート特集」は今後も残すそうである。


竹田青嗣『ニーチェ入門』筑摩書房, 1994.(ちくま新書)

 竹田氏が先行思想家の考えを咀嚼して自らの言葉で分かりやすく表現してくれることは、この30年近く前の著作から一貫しているということを改めて知った。ニーチェは敬遠してきた思想家だったが、この本を読んで考えが変わった。言葉の力によって、人文主義、文献学の系譜が21世紀まで生き延び、さらに展開しつつある意味を確認させられる。


堤未果『デジタル・ファシズム:日本の資産と主権が消える』NHK出版, 2021.(NHK出版新書)

 「○○DX」が何を意味するのかを率直に語った本。とくに「第Ⅲ部 教育が狙われる」に惹かれて読み始めたが、読んでいるうちにこの本が「NHK出版」から出ていることの意味についても考えさせられた。放送(broadcating)という特権的なメディアをもち、さらに受信料獲得が放送法で保証された「公共放送」であるNHKがグローバルなデジタルネットワーク社会の到来で今後どうなるのか、強い関心をもっているはずだからである。情報インフラの利権をめぐる闘いにこの本も置かれている。


小坂井敏晶『格差という虚構』筑摩書房, 2021.(ちくま新書)

 フランス在住の論客の格差論。彼の地にいるからこそ見えることがあり言えることがある。人間が一人一人遺伝的にも、生育環境でも、社会環境でも違いがある以上、格差があることは当たり前である。だが、すべての人が現実社会に生きるために、制度的にどのように対応するのか、そのときの規範や方法はいかにあるべきなのか。


ブランコ・ミラノヴィッチ(西川美樹訳)『資本主義だけ残った:世界を制するシステムの未来』みすず書房, 2021.

 タイトル通り、グローバル資本主義を分析した本。その意味では当たり前のことを論じているが、それがきわめて実証的でかつ重厚に論じられていて説得力がある。リベラル能力資本主義(米国)vs. 政治的資本主義(中国)に対して前者を一方的に評価することをせずに冷静に見ようとするする態度は、著者が東欧出身で世界銀行でエコノミストをしていた人だからか。


木庭顕『クリティック再建のために』講談社, 2022. (講談社選書メチエ) 

 今回挙げた本ではこれが一番の難物で、何度か読み返し、読書会参加の人たちとの議論を経てようやく著者が言おうとしていることは把握できてきた。Amazonの読者評にもあるが、この本は「メチエ」シリーズの他の本の構えとまったく異なって、著者が展開してきた古代ギリシア以来の言語哲学とローマ法以来の法哲学をベースにして書かれた思想史をつなぎ合わせたものである。じゃ、元に戻って以前の著書(『政治の成立』以下の三部作+『人文主義の系譜: 方法の探究』)に当たれば理解しやすいかといえば確かにそうだが、それぞれを消化するにはかなりの知的努力が必要だ。日本の人文社会科学の極北に位置する著者の業績はたぶん半世紀くらいしないと理解されないのだろう。


佐藤彰一『歴史探究のヨーロッパ:修道制を駆逐する啓蒙主義』中央公論社, 2019.(中公新書)

 上記の木庭氏の本でも触れられている。この本は著者がヨーロッパの中世から近世への転換期をテーマとする歴史学のシリーズの一冊で、「修道制」が前面に出ているけれども、テーマとしては、人文主義(フマニタス)、文献学(ビブリオロジー)とは何かを中心的に論じている。近代の実証主義的歴史学においては、サンモール修道会のマビヨンらによって、伝わる文書や写本の真正性を明らかにする方法が確立された。だが18世紀になると啓蒙主義の台頭でフマニタスやビブリオロジーの位置付けが見えなくなっていく。


エドワード・W・サイード(村山敏勝・三宅敦子訳)『人文学と批評の使命:デモクラシーのために』岩波書店, 2013.(岩波現代文庫)

 文献学は死に絶えていないどころかデジタルヒューマニティーズによって新しい展望が与えられつつある。サイードは『オリエンタリズム』で知られるパレスチナ出身の論客であるが、この本では19世紀ゲルマンそしてフリードリッヒ・ニーチェを経由してアウエルバッハなどの20世紀の人文学につながり、そしてさらに新たな展開を示唆している。バルト、フーコーやデリダなどのアンチヒューマニスティックな人文学も文献学をルーツにしていることも述べている。


坂本尚志『バカロレア幸福論』星海社, 2021.(星海社新書)

 フランスの高校卒業資格のための試験制度バカロレアで哲学が課されることは知られているが、近年、著者らの研究によってその内実が明らかにされてきた。哲学をやると幸せになれるというのがどれだけ当てはまるのか。上の小坂井氏や木庭氏の議論などを見ていると疑問もある。同じ著者の『バカロレアの哲学:「思考の型」で自ら考え、書く』(日本実業出版社, 2022).も合わせて読み、少なくとも自分の考えを表現する方法として有効ととらえる。

2022-12-26

21世紀の図書館建築 欧米編

関連ブログ記事:世界の図書館写真集(2022年5月13日)

世界的にみて21世紀になった世紀の変わり目で新しいコンセプトの図書館建築が続いた。それはたとえば次のような図書館である。どれも最新のテクノロジーを駆使しているが、基本は資料あるいは情報を来館者にスムースに提供しその場で何らかの知的作業ができるようにということで共通している。つまり、研究室や自宅での作業では決して得られない付加価値を明確に提示するからこうした「場所としての図書館」に莫大な建築費と運営コストを惜しまないのである。

  1. フランス国立図書館フランソワ・ミッテラン館(1994)
  2. デンマーク王立図書館ブラックダイアモンド(1999)
  3. 新アレクサンドリア図書館(2001)
  4. ザクセン州立図書館兼ドレスデン工科大学図書館(2002)
  5. シアトル市立中央図書館(2004)
  6. ブランデンブルク工科大学(2004)
  7. ユトレヒト大学図書館(2004)
  8. ベルリン自由大学文献学図書館(2005)
  9. シュトゥットガルト市立中央図書館(2011)

ブラックダイアモンドの写真

次は2014年に訪ねたデンマーク王立図書館の写真(筆者撮影)である。旧い図書館と新しい図書館が同居していることからくるインパクトは大きかった。そのことは、『場所としての図書館、空間としての図書館』(学文社, 2015)に書いた。機能でも場でもない建物としての図書館の重要性を考察すべきことを教えられた。



運河に面したデンマーク王立図書館、右手が新館ブラックダイアモンド、それと繋がったレンガ造りの旧館がある






新館内部から運河を見たところ









新館の明るい閲覧室






旧館の閲覧室(きわめてオーソドックスな西洋図書館の意匠)



次に、図書館建築の歴史的展開を紹介する記事を示す。

Laura Itzkowitz

The Architectural Evolution of Libraries

The ultimate temples of knowledge, libraries have continually changed in nature over the centuries.


原記事をご覧頂きたいが、著者の許諾を得たうえで仮訳を下に示しておく。

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図書館の建築上の進化

究極の知の神殿としての図書館は世紀を超えて性質を変えてきた

ローラ・イツコヴィッツ(フリーランスライター)

図書館のない文明社会は考えられない

書物のコレクションとしての図書館とそのコレクションを収容する建物は、古代メソポタミアにさかのぼり、多かれ少なかれ文字の出現の時期と一致しています。何世紀にもわたって、図書館建築は、多くの場合、その用途、時代の建築トレンド、およびそれらを構築するために利用可能な技術に応じて、いくつかの進化を遂げてきました.

図書館は単なる本の保管庫ではなく、文化的富と知識の象徴です。図書館の建設、修復、改築は、建築家だけでなく一般の人々にとっても重要であり、それを担う権限をめぐっていくつのもの企業が競い合っています。

この記事では、歴史を通じて図書館の類型をたどり、古代アレクサンドリアからロボットが保管庫から本を取り出すノースカロライナ州ローリーのハント図書館まで、世界で最も重要な 12 の図書館に焦点を当てます。

アレクサンドリア図書館(The Royal Library of Alexandria, 3rd century BC, Alexandria, Egypt)


世界で最も重要な図書館はエジプトのアレクサンドリアにあり、今日の図書館のモデルとなっています。アレクサンドリアの図書館は大学のキャンパスのように建てられ、テキストを保管する部屋と勉強する部屋がありました。アレクサンドリア図書館は火事で破壊されました。おそらく、ジュリアス・シーザーによる攻撃を含む数回の攻撃で破壊されました。

海印寺 Haeinsa Monastery(Photo via The Telegraph)


海印寺は私たちが図書館と考えているものではありませんが、ユネスコによれば、中世以来、「世界で最も完全で正確な仏教教典のコーパス」である高麗大蔵経が所蔵されています。海印寺は、印刷機が発明される前にページを印刷するために使用さ れた木版のリポジトリです。版木は本棚のように棚に保管されており、建物は世界最大級の木造保管施設です。

マルチャーナ図書館

Library architecture (Photo Credit: felibrilu,)


Biblioteca Marciana, 1564, Venice (Photo via Zero)


ヴェネツィアの守護聖人であるサン マルコにちなんで名付けられ、サン マルコ広場にあるマルチャーナ図書館は、ルネッサンスの建築家ヤコポ・サンソヴィーノによって設計されました。イタリアで現存する最古の図書館の 1 つであり、世界で最も優れた古典文献のコレクションの 1 つを含んでいます。もともと、本は学校の机のように並んだ書見台に長い鉄の鎖で固定されていました。中世とルネサンス期には、本が盗まれないように本はしばしばこのように保管されていました.

トリニティカレッジ図書館 Trinity College Library,1732, Dublin(Photo Credit: Jeurgen Jauth)


は、トーマス・バーグの傑作であり、今でもアイルランド最大の図書館です。元々、天井はフラットで、ギャラリーには本がありませんでした。建築家のディーンとウッドワードは、1856 年に図書館の大規模な改修を完了しました。これは、図書館に法定納本の権利が与えられた後に蓄積された本を収容するためでした。つまり、アイルランド共和国で出版されたすべての本のコピーを受け取ることになりました。

ラドクリフ カメラ Radcliffe Camera, 1749, Oxford, England (Image via The English Home)


ラドクリフカメラは、イギリスで最初に建設された円形図書館です。それは医師のジョン・ラドクリフによって資金提供され、クリストファー・レン卿の弟子であるニコラス・ホースクムーアと、建設が始まる前にホークスムーアが亡くなったときに建築家として引き継いだジェームズ・ギブスによって設計されました。これは、英国のパラディオ建築の優れた例です。図書館はドームを中心としており、コリント式の列を含む古典的な詳細がいっぱいです。

アドモント修道院 Admont Library, 1776, Admont, Austria (Photo Credit: Keith Ewing)


アルプスのアドモント修道院内の図書館は、まるでおとぎ話のようです。ポルトガルのマフラ図書館に次ぐ、世界で最も長い修道院図書館の 1 つです。徹底的にロココ調のデザインで、本はもともと壁に合わせて白い革で装丁されていました。図書館は決して研究のために使用されたのではなく、修道院のコレクションを誇らしげに展示する場所として使用されました。僧侶たちは本を読むために個室に本を持ってきました。

サント・ジュヌヴィエーヴ図書館 Bibliothèque Sainte-Geneviève, 1850, Paris (Photo Credit: Paula Soler-Moya)


カルチエラタンの中心部、パンテオンのすぐ近くにあるサント・ジュヌヴィエーヴ図書館は、パリで最も壮大な図書館です。同時期に建設されたボザール様式の鉄道駅に似せて、アンリ・ラブルーストによって設計されました。建築家が鋳鉄を使い始めたのは比較的最近のことで、鋳鉄が繊細なパターンを作成できるだけでなく、重い荷重にも耐えることができることが分かってきたからです。これは、図書館だけでなく、建築術全般に貢献しました。

ニューヨーク公共図書館 New York Public Library, 1911, New York City (© Davis Brody Bond LLP, EverGreene Architectural Arts)



で最も有名な図書館の 1 つであるニューヨーク公共図書館の本館は、42 丁目と 5 番街の交差点にあり、この街の文学的伝統とボザール建築の傑作を示す場となっています。カレールとヘイスティングスによって設計されたこの建物は、完成時に米国で建設された最大の大理石の建物でした。エヴァーグリーン建築工房が、このローズ・メイン・リーディングルームの修復を担当しています。

イェール大学バイネケ貴重書・手稿図書館 Beinecke Library, Yale University, 1963, New Haven, Connecticut (Image via Dezeen)



スキッドモア、オウイングス&メリル(SOM)のゴードン・バンシャフトは、1963 年にイェール大学のモノリシックな バイネケ貴重書・手稿図書館を設計しました。バーモント州の大理石のファサードは、太陽が強いときは内部が光っているように見えますが、本を有害な光線から保護します。 SOM は、バーモント州の大理石と花崗岩、ブロンズ、ガラスを使用して、このモダニズムの傑作をつくりました。図書館の中央にある 6 階建ての照明付きのスタックに本が保管されています。

フランス国立図書館 Bibliothèque Nationale de France François Mitterrand, 1994, Paris (Photo Credit: Natalie Hegert)


1989 年、当時のフランス大統領フランソワ・ミッテランは、フランス国立図書館の一部となる新しい図書館の国際デザインコンペを発表しました。入札の結果、ドミニク・ペローによる巨大な遊歩道の四隅にある開いた本のような形をした 4 つのガラスの塔を組み込んだ記念碑的なデザインが選ばれました。ペローのデザインはモダンでミニマリスト的であり、フランス人から多くの批判を受けましたが、その後、多くの人がこの図書館のデザインを賞賛するようになりました。読書室は下に沈んだところに置かれ、木が植えられた中庭の周りに配置されています。

シアトル中央図書館 Seattle Central Library, 2004, Seattle,(Photo Credit: Andrew Smith)


Image via Divisare


オランダの建築工房OMA のレム・コールハースとアメリカの建築工房REX のジョシュア・プリンス・ラムスは、シアトルを拠点とする LMN アーキテクツと協力して、2004 年に完成したシアトル中央図書館を設計しました。講堂、会議室、ブックスパイラルとして知られるスタックシステム、4 階建ての書庫がなだらかなスロープでつながっており、コレクションの 75% がそこにあります。明るいリーディングルームは約 12,000 平方フィートで、図書館には 400 台のコンピューター端末が収容されています。建物のコンクリート、スチール、ガラスの斜めグリッド システムは、風や地震の横方向の力に耐えるように設計されています。

ノースカロライナ州立大学ハント図書館

James B. Hunt Jr. Library, 2013, NC State University, Raleigh, North Carolina (Image via Architizer)


Robot stack management (Image via Architizer)


エグゼクティブ・アーキテクトの Pearce Brinkley Cease + Lee と Snøhetta によって設計されたノースカロライナ州立大学の新しい図書館は、ロボットによって運営されています。正確には、BookBot は、図書館の 150 万冊の本を 5 分以内に取得するようにプログラムされています。図書館の常連客はガラスの壁越しに、建物の内部に隠されたスーパーコンピューターによって指示された bookBots が Robot Alley ストレージ エリアをズームする様子を見ることができます。このシステムは、オープン・スタックに必要なスペースの 9 分の 1 を使用し、勉強部屋、ラーニング コモンズ、講堂、および 3D プリンター、3D スキャナー、レーザー カッターを備えた メーカースペースとしての貴重な場を提供してくれます。

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ここで最後に紹介されているノースカロライナ大学のハント図書館のホームページとその内部を紹介したビデオを見ていただきたい。とくにビデオがこの図書館のコンセプトをいろんな人が説明していて参考になる。上の記事に、ロボットによる書庫管理が可能になって、その分空いたスペースで来館者が種々の作業ができるようになるメリットをもたらしたとある。このようにスタックを単位として移動させてアクセスする方式は開架と閉架の中間になるのだろうが、ほとんどの蔵書がこうなったときに何をもたらすのか。これはGoogle BooksやNDLデジコレのスニペット表示にも似て、今後の知のアクセスの考え方に影響を与えるものだろう。スペース vs. 情報アクセスが対立構図になるような設計思想だと問題が大きい。

それにしても「知の神殿」という図書館の比喩は西洋ではよく使われるが、日本ではめったに聞かない。これを一神教的な知的伝統がないことにつなげる議論もあるが、それほど単純な話しでもないように思う。そうした知の在り方についての深層部分の成り立ちとともに、その上に歴史的にどのように知の層が積み重なってきたのか、そしてそれを我々がどのように認識しているのかに関わる問題である。





2022-12-25

自己紹介詳細版(2022年12月25日)

【自己紹介】

職業 文筆業(歴史,教育文化方面)

場所 つくば市, 日本

紹介 つくば市小田に住んでいます。小田は関東平野の東側の壁に位置する自然豊かな里です。この地であった出来事,考えたことなどを書き連ねたいと思います。本人についての詳しい情報は、https://researchmap.jp/oda-seninにあります。


【最近の関心】

・アーカイブ(archive)に関わる歴史、思想、言語、教育、情報など

・図書館と図書館情報学の拡張

・日本の教育、教育課程

・地域アーカイブの実態(さし当たって福島、その後沖縄、北海道)

・つくば市小田の歴史的位置付けと関東内海の関係


【自著紹介(単著)】 

根本彰著 『文献世界の構造:書誌コントロール論序説』勁草書房1998.

根本彰著 『情報基盤としての図書館』 勁草書房 2002.

根本彰著 『情報基盤としての図書館・続』 勁草書房 2004.

根本彰著 『理想の図書館とは何か:知の公共性をめぐって』 ミネルヴァ書房 2011.

根本彰著『場所としての図書館・空間としての図書館:日本、アメリカ、ヨーロッパを見て歩く』学文社 2015.

根本彰著『情報リテラシーのための図書館:教育制度と図書館の改革』みすず書房 2017.

根本彰著『教育改革のための学校図書館』東京大学出版会 2019.

根本彰著『アーカイブの思想—言葉を知に変える仕組み』みすず書房 2021.


【自著紹介(共著・編著)】 

マイケル・H・ハリス著, 根本彰編訳『図書館の社会理論』青弓社, 1991.

三浦逸雄, 根本彰共著『コレクションの形成と管理』 (講座図書館の理論と実際 第2巻)雄山閣出版, 1993.

三浦逸雄監修,根本彰他編『図書館情報学の地平:50のキーワード』日本図書館協会,2005.

根本彰編『図書館情報学基礎』東京大学出版会 2013.(シリーズ図書館情報学1)

根本彰、岸田和明編『情報資源の組織化と活用』東京大学出版会 2013.(シリーズ図書館情報学2)

根本彰編『情報資源の社会制度と経営』東京大学出版会 2013.(シリーズ図書館情報学3)

石川徹也, 根本彰, 吉見俊哉編『つながる図書館・博物館・文書館:デジタル化時代の知の基盤づくりへ』東京大学出版会, 2014.

根本彰監修, 中村百合子他編『図書館情報学教育の戦後史』ミネルヴァ書房 2015. 

根本彰・齋藤泰則編『レファレンスサービスの射程と展開』日本図書館協会 2020.


【自著紹介(翻訳)】 

バーナ・L・パンジトア著, 根本彰他訳『公共図書館の運営原理』勁草書房 1993.

ウィリアム・ F・ バーゾール著, 根本彰 [ほか] 訳『電子図書館の神話』勁草書房, 1996.

アリステア・ブラック,デーブ マディマン著, 根本彰, 三浦太郎訳『コミュニティのための図書館』東京大学出版会, 2004.

リチャード・ルービン著, 根本彰訳『図書館情報学概論』東京大学出版会, 2014.

アンソニー・ティルク著, 根本彰監訳, 中田彩, 松田ユリ子訳 『国際バカロレア教育と学校図書館ー探究学習を支援する』学文社 2021.


*最近読んだ本は別の記事として独立させた。(2023年1月3日)





2022-12-08

Google Booksと同じような検索ツールは誰でもつくれる

国会図書館のデジタルコレクションの規模の大きさと性能のよさ、そして、12月21日より大規模な全文テキスト検索システムが提供されることなどに目を奪われがちですが、実はこれと同じようなものをつくることを可能にする著作権法改正が、2018年に行われていることを思いだす必要があります。この点について、議論段階は以前にブログでも紹介しましたが、肝心の法改正については触れていなかったので、改めてリンクだけ貼っておきます。



2018年5月の著作権法47条の5関係


 国会図書館のデジタルコレクションの全文テクスト検索が気になって、次の本をみていました。

 一般財団法人人文情報学研究所, 石田友梨他『人文学のためのテキストデータ構築入門: TEIガイドラインに準拠した取り組みにむけて』文学通信, 2022. 

 このなかのコラムで国会図書館の南亮一さんが、「著作権法改正でGoogle Booksのような検索サイトを作れるようになる?」(p.400-408)を書いているのに気づきました。これはたいへん参考になる情報です。 その記述によると、作れるがいくつかの要件を満たす必要があるとのこと。詳しくは当該書を見ていただくことにして、最後にまとめられている要件を引用しておきます。

・蓄積したデータの漏洩防止措置を講じること 
・サービスの適法性を担保するために、著作権法(47条の5)の解説書や解説記事の閲覧や著作権法の専門家への紹介などの取り組みを行うこと 
・検索サイトのトップページなどに連絡先を明記すること 
・表示する著作物は、インターネット上の著作物か、公表されている著作物であること 
・サムネイルやスニペット表示の分量が、検索の目的に沿った検索結果となっているかを検証できる範囲の分量に留まっていること 
・表示されている割合や制度、大きさが軽微であること 
・著作権者の利益を不当に害するような表示をしないこと 
・海賊版であることを知りながら表示をしないこと 

の9点です。これは要するに、著作権があり売られている本であってもデジタル化、テキスト化して検索システムをつくって公開することはOKだが、表示可能なのは限定的部分なのでそのような法に沿った運用をしていることが外から分かるようにしておけばよろしいということです。そうした検索システムを構築することに比べたら各段に小さな問題です。

ということで、こうした検索サービスが可能になっています。これってGoogleや国会図書館がやったことを誰でもできるようになったということですね。まあ、技術力とお金という前提的な問題はありますが。NDLのデジタルコレクションが基幹的なものであるとすれば、それをもっとローカルあるいはミクロなレベルで補うようなサービス構築は誰でも可能になっているので、ぜひ進めていきたいものです。とくに地域資料や郷土資料、主題や分野毎の全文テキスト検索ですね。また、そうしたものの構築を推進するような仕組みをどこかでつくる必要があると思います。

2022-10-25

計量経済学的手法による図書館貸出の影響分析

 図書館での資料貸出について、2017年にレビューしたあとに無視できない学術研究が出ている。まず川口康平(香港科技大商学院経済学部)と金澤匡剛(東京大学大学院経済学研究科)による英文の論文(1)とそれを図書館関係者向けに分かりやすく説明した講演(2)があり、さらに大場博幸(日本大学文理学部)が別の視点から行った研究(3)である。簡単に言えば、川口・金澤両氏の論文は図書館での貸出は書店の売り上げに影響があることを実証したというものであるが、大場氏は古書(新古書も含む)の市場を考えに入れるべきであるとして古書市場と図書館サービスの関係について研究している。(1)と(3)はそれぞれ学会誌に掲載された査読論文であり、学会レベルで正しさが主張されているということができる。(2)の講演は図書館関係者向けのものでもあるので、売り上げに影響があっても図書館がもつ他の効果を考慮して公共貸与権の導入を考えるべきではないかという提案になっている。

3. 大場博幸「図書館所蔵は古書市場に影響するか:発行 12 年後の新書の古書価格と図書館所蔵数との関係」『日本図書館情報学会誌』64(3), 2018.


金澤・川口論文の主張

論文(3)が(1)の成果を次のように要約してくれている。

 以上の結果をもとに,著者らは公共図書館によるクラウンディングアウト効果を見積もっている。その値は,Benchmark 群の売上上位 1/6 に入るタイトルならば 15%程度,Bestsellers 群ならば 43%~ 46%程度にものぼるという。もし調査期間中に図書館にサンプル書籍群が一冊も所蔵されていなければ,書籍の売上は 8%~ 13.5%上昇すると見込まれている。2016 年のベストセラーならば56.8%上昇する。公共投資によって民間の経済活動が圧迫されているわけである。これを理由に,公共貸与権の導入が提案されている。ただし,需要の多い書籍の損失を十分補填しようとすると,需要の少ない書籍には過分で適切でない額となってしまうことが懸念されている。

Benchmark 群というのは調査時点の2017 年 2 月に新刊として入手可能であった書籍のうち層化抽出されたもの300点のリストで、これは入手可能出版物のサンプル書籍群リストということになる。ここには出てきていないがNew群というリストがあり、2017 年 2 月に発行された書籍のうちランダムサンプリングされた新刊書150 点のリストである。これは最新刊の出版物である。そして、 Bestsellers 群は紀伊國屋書店における 2014 年,2015 年,2016 年のそれぞれの年間売上上位となるベストセラー150 点のリストである。この3つのリストに対して、Benchmark 群は 2017 年 4 月から3ヶ月間,New 群と Bestsellers 群は 2017 年2 月から6ヶ月間、日本全国の市区町村毎の図書館の所蔵データと書店の売上冊数のデータを取得して、分析したものである。

まずクラウンディングアウト(Crowding Out)効果とは、「政府が資金需要のために国債の大量発行、減税などで、公共事業の拡充など財政政策(政府貯蓄の減少)を行った場合、実質利子率の上昇を招いてしまい、利子率が上昇すると、投資が減ってしまうため、結果的に民間の資金調達が圧迫されてしまう現象のこと」(証券用語集)とされる。要するに政府の資金が市場に入ったときに民間経済に負の影響が現れることを言う。だから、ここでは図書館が市場にある図書を購入してそれを公共サービスに使用したときに書籍市場に負の影響を与えることを指すことになる。

上記の要約を言い換えると、一般書のなかでも売り上げ上位に入る本なら負の影響が15%程度であるが、これがベストセラーだと45%前後になると言っている。また、サンプル書籍群が一冊も所蔵されていなければ,書籍の売上は 8%~13.5%上昇し、2016 年のベストセラーならば56.8%上昇するとしている。これは無視できない大きな影響を示していることになる。ただし、サンプル書籍群とはその時点で入手可能な本のリストだから、それが所蔵されていないという仮定は、入手できない古い本だけの蔵書なら市場に影響しないと言っているに等しい。図書館は市場から書籍という財を購入してサービスをするものであるからその仮定は無意味なものである。それは調査者も意識していて、だからこそ公共貸与権のような制度の検討を要請して、市場介入の負の影響と公共サービスの正の効果との関係を検討すべきだと言っている。

その後、論文執筆者の一人川口康平氏が図書館大会で発表しているものの要約が次のものである。

・ 2017年の市区町村・月・書籍レベルの書店売上、図書館蔵書データを用いて、図書館蔵書の書店売上に対する平均的因果効果を推定した。
・ある市区町村で図書館蔵書が一冊増えると、書籍の売上は平均して毎月0.12冊ほど減る。
・その効果は人気の書籍ほど高く、上位1/6以外の書籍についてはそうした効果はほとんどない。
・図書館蔵書全体の存在による書籍の逸失売上は17.5%ほど。
・ただし、図書館蔵書が書店売上を奪うとしても、そのことが直ちに公共貸与権の必要性を導くわけではない。

ここでも図書館貸出が書店売り上げに与える影響はあると述べている。それは人気の書籍ほど高いが他の書籍ではほとんどないということと、影響があるからといって公共貸与権にすぐに結びつくわけではないと言っているところが、図書館員相手の議論で少し主張を和らげていることが分かる。また、図書館蔵書の逸失利益が17.5%というのは上の数値と一致していないので計算根拠が違うのかもしれない。

大場論文による新たな主張

大場氏は上記論文では、書店売り上げに影響を与える外部要因として図書館との関係のみをみているが、他に古書市場の存在が重要であるとして、サンプルとして2004 年の 4 月から 6 月にかけて発行された 234 点の教養新書を取り上げ,図書館における所蔵数の違いが古書価格の差と関連があるか否かを調べた。古書価格を従属変数とし、独立変数にはAmazonのランキング順位(古書の需要指数)、公共図書館の所蔵冊数などを用いて重回帰分析を行った結果、図書館所蔵数単独での価格への影響はプラスとなることが明らかになった。また所蔵も需要もともに多い書籍については価格へのマイナスの影響がある可能性も観察されたとしている。つまり、図書館所蔵数が多いと教養新書の中古市場価格は上がるが、一部、需要が多く図書館でも所蔵している書籍については図書館所蔵が中古市場価格を下げる効果があったということである。

著者はこの結果について「こうした図書館所蔵の影響をどう評価すべきだろうか。全体としてはプラスとマイナスを相殺してもなおプラスとなるのだから,過大に考えるべきではないというスタンスはありうる。一方で,タイトル間の違いを軽視すべきではなく,所蔵が無ければもっと利益を得られたはずのタイトル(古書の場合はそのようなタイトルを供給できた古書店)に対する損害を深刻に考えるべきであるというスタンスもありうる。その評価についてはさらに議論が必要だろう。」としている。また、新刊書市場と古書市場との関係についてはこの論文では取り扱っていないが、著者の予想としては、新刊書として売れる本ほど古書(新古書)の供給が増えるが需要の伸びが上回るので新刊市場が喰われる結果になる。さらに、図書館の資料提供をここに導入すると、ベストセラー類については古書価格は高騰するが図書館の資料提供は一時的な占有に過ぎない(所有できない)から、新刊書、古書、図書館利用のどれが好まれるかについては今後の研究に待つということで終わっている。

大場氏の研究姿勢は慎重であり信頼できる。とくに最後の点についてはぜひ研究を進めていただきたいと思う。ただ教養新書、それもかなり古いものをサンプルにしたのがよかったのかどうかという気はする。まず、図書館で新書や文庫のような本は10年も過ぎると廃棄対象になる可能性が高い。さらに10数年前なら教養新書は市場でも図書館でも一定の位置付けがあったが、その後、多数の出版社が新書を出して新書は廉価版書籍の代名詞となる動きのなかで教養新書も消耗品扱いされるケースが増えてきた。ただ古書市場、図書館の間でこうした変化のダイナミクスがどのように影響するかはよく分からない。日本の出版慣行でハードカバーで出たものが文庫本になるような形態の変化があるので文芸書などを取り上げにくかったのだろうが、新書は新書で変化があり扱いにくいところがあると思われる。

氏の指摘で重要なのは、図書館の資料利用が一時的占有に過ぎないことをどのようにとらえるかということがある。さらに、金澤・川口論文で主張されていたクラウディングアウトという概念は単に図書館が書籍市場に負の影響を与えるだけでなく、「図書館が消費者の余暇を奪ってしまうことによって,小売書店やブックレンタル,喫茶店や娯楽施設などにも経済的にマイナスの影響を与えるかもしれない。本研究で採りあげた古書市場もそうである。」と述べている。民間でできることを公共機関がやっているととらえる負の効果を考慮する視点が提示される。ただ川口氏が図書館サービスが経済効果だけでなく、その教育的文化的な効果も含めて評価すべきだと言っていることも含め、総合的な検討が必要だと考える。

おわりに

図書館と書店の代替性だけでなく(新)古書店との3つのセクターの代替性が問題になった。最近はメルカリのようなエンドコンシューマーどうしの売買も活発に行われている。ここに電子書籍のサブスクリプションサービスも絡むとかなり複雑な状況を呈していることになる。購入(所有)vs.借用(返却)、新本vs.中古本(借用本)、紙vs.電子、有料vs.無料、市場vs.公共サービスといった考察の軸が存在している。今後もここで紹介したような計量的な方法による実証研究をより精緻にして積み重ねることが必要であるだろう。


追記(2022年11月2日)

第70回日本図書館情報学会研究大会(10月29日〜30日, 東北学院大学)で大場博幸氏が「新刊書籍市場と古書市場と図書館所蔵の関係」の発表を行った。予稿集冊子(発表論文集)掲載の論文と別に、その場で追加データ(取次からの書店売り上げデータ)を加えた分析結果が発表され、資料が配付されている。その内容は、図書館貸出と古書店の販売価格、書店売り上げ(POSデータ)の相互関係を分析するもので、図書館の新刊書の所蔵および貸出は書店の売り上げに負の影響を与えているというものである。口頭発表であり、今後、論文としてまとめられると思われるが、今までの研究よりも実態に近い分析を行っていると考えられるのでその発表を待ちたい。

追記(2023年9月30日)

上記の口頭発表が2023年6月に論文として発表され、それについて大場氏による解説・補足が9月28日に行われた。そのことについてブログで追記した。


2022-10-24

「出版と図書館を考える」2017年全国図書館大会第21分科会報告

以下は、2017年の全国図書館大会第21分科会での報告に基づいて記録に載せた原稿である。『公共図書館の役割と蔵書 出版文化維持のために 2017年第103回全国図書館大会第21分科会報告集』( 一般社団法人日本書籍出版協会図書館委員会編、日本書籍出版協会、2018)として刊行された。だいぶ前のものだが、今、必要なものかと考え若干の文字修正をしてここに掲載する。なお、この後に大場博幸「図書館所蔵は古書市場に影響するか:発行 12 年後の新書の古書価格と図書館所蔵数との関係」(『日本図書館情報学会誌』64(3), 2018)が出て、そこに先行研究レビューがあってより学術的なコメントがされている。そのレビューにも言及されているKanazawa and Kawaguchi論文は現在オープンになっていて読むことができる。これらの論文については次のブログで言及する。

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出版と図書館を考える

慶應義塾大学文学部教授 根本 彰

これまでの議論

出版と図書館をめぐるこれまでの議論を振り返ってみる。 まず、出版物売上げが継続的に減少していることがあげられる。書籍だけとっても 1997 年をピークにしてそれから 20 年で 29%の減少となっている。また、 それと密接に関わるものとして、書店数の急激な減少がある。

その原因探しとしては、インターネットによる情報提供が日常的な行動になっていて、とくにスマートフォンや携帯タブレットが誰もが持ち運ぶ情報機器になったことが挙げられる。また、出版物流通において、ネット通販、とくにアマゾンが大きな市場を形成している。これは、出版物のネット依存に拍車をかけるものになっているが、期待された電子書籍流通はそれほどの市場を占めることはできていない。それもコミックが市場の 8 割を占めると言われている。

この間、一部の作家・評論家および出版関係者から、図書館の資料貸出サービ スを問題視する意見が出された。図書館の重要性は認めつつも、新刊書の複本を どんどん貸し出すサービスは、書籍売上と著者の印税収入に影響を与えている 可能性があるという意見である。半年、ないし 1 年間、貸出しをしないことを 依頼する文面を書籍に明記したり、その趣旨の発言を行うことがあった。

日本図書館協会と日本書籍出版協会は「貸出実態調査 2003」を実施して、ベストセラーや各賞受賞作品の新刊書籍が図書館でどの程度借り出されているのかを調査した。その結果は、発行後 3 年以上が過ぎた本の「図書館提供率」(貸 出数÷(貸出数+発行部数−所蔵数)が一部の書籍で 5 割を超えるものがあったが、発行後 1 年のものだと多くて2〜3割であった。数値で見る限り、図書 館が市場を侵食しているとはいえないとして、この調査結果は一連の議論を冷却する効果があった。

同じ頃、文化庁では、著作権者の権利を保障する観点から公共貸出権(公貸権) の制定の検討を行った。EU 諸国で制度化されているもので、図書館での貸出しに対して、著作権者に経済的補償ないし別の形でのベネフィットを与えるものである。しかし、これも権利を制度化するところまで議論が進まないままに現在に至っている。

2010 年代に入って、再度、作家や出版関係者が図書館の貸出サービスに対して発言することが増えている。2015 年には、日本文藝家協会主催のシンポジウムで著作者から貸出中心にすべきではないという要望が伝えられた。同年秋の 全国図書館大会での新潮社社長佐藤隆信氏の「図書館の貸出によって増刷でき たはずのものができなくなり、出版社が非常に苦労している」という発言があり、それを報じた朝日新聞記事をきっかけに図書館の貸出が話題になった。10 年前の再現であり、議論はあまり進展していないように見える。

その後の議論

計量経済学的研究が行われ、図書館は出版物販売に負の影響は与えていないとの結果が出されている。

2012 年に中瀬大樹(政策研究大学院大学)は、全国の都道府県と関東地方 の市町村の貸出数と出版物販売数のデータを用いた統計学的分析を行い、都道府県データでは有意な影響関係は認められず、市町村データでは図書館の 貸出が多いと出版物販売に正の影響があるとした。

2016年に浅井澄子(明治大学)及び貫名貴洋(広島経済大学)は、別々の 研究で、図書館の貸出数が書籍販売額に与える影響を計量経済学の手法で分 析した。それぞれ、貸出数の増加が販売数の減少に影響しているように見える が、これは「見せかけのもの」であり、データを補正する手法を導入して詳細 に分析した結果、因果関係は認められなかったとしている。浅井は「公共図書館は、書籍販売に大きな影響を与えるプレイヤーではないと判断される」と し、貫名は「両者(図書館貸出冊数と書籍販売金額)の間に、因果関係の存在を認めることができなかった」と述べている。

この間の議論にはずれが見られる。プロの著作者は自分の作品の売り上げが減っていることから、自分が書いた本が図書館で大量の予約がかかりタダで読まれていることを見聞きし、「生 活がかかっている」という実感に基づく主張を行っていることが多い。最近の 文芸書を出している出版社の主張もそうした重要商品の売り上げが減っていることを問題にしている。図書館についての言及は狭い範囲の経験に基づいていることが多く、図書館が販売に影響を与えているとの主張の根拠はかなり曖昧である。

これに対して、図書館関係者は、図書館は売れる本も売れない本も含めてコレクションとして書籍を貸出しているのであって、総合的に見て出版販売にはマイナスの影響はないと主張することが多い。また、作家や出版関係者、あるいはマスメディア関係者の目に付きやすい東京都特別区や首都圏の一部の 図書館は、例外的な図書館運営をしているところで、全国的にみればそれほど の貸出量にはなっていないと主張する。

また、計量経済学的手法に基づく学術研究については、執筆者も述べている ように、きわめてマクロな調査に基づいているので、問題になっている文芸書 やベストセラー書などを取り出しての議論ではない。このあたりに議論がずれてくる理由がある。また、複本という言葉が 1 図書館あたりの同一本なのか、1 自治体あたりの同一本なのかについても曖昧なままの発言が多く、混乱させた理由の一つであったかもしれない。

書籍販売と書籍貸出の関係について考える。 文芸書の複本による貸出が問題になり、プロ作家や文芸書系出版社が発行後まもない時期の貸出を抑制したいという発言が多かったが、これまでそうした図書の販売数と図書館の所蔵数、そして、貸出数の三者の相互関係を検討した調査は先ほど挙げた「貸出実態調査 2003」しかない。所蔵数のみは「カーリル」等のネット上のツールを使えばカウントできるが、それ以外のデータが公開されていないからである。かつて実施したように、再度図書館関係者と 出版関係者が協力して販売数と貸出数のデータを出し合い、実態がどうなのかを調査すべきであろう

ただし、2003 年調査およびそれと類似の調査(伊藤 2017)等を基にしてある程度の推測をすることは可能である。以下は私見も交えたこの問題についての意見である。

出版後の販売の立ち上がりにおいて、書店に並ぶものに対して、図書館はど うしても後追いになる。1 自治体での購入は 1 冊から始まることが多く、需要が見込めそうな著者のものなどが数冊入る程度である。あとは、予約が入るのに対応して購入していくので、どうしてもタイムラグが生じる。利用者にとっ てはリクエストした書籍が入手できるまでにはかなりの時間(早くて数ヶ月、 遅いと1 年以上)がかかる。

これを次の図(根本 2004 p.21)で見ると、販売数と貸出数は一般的に図のような分布になる。これはベストセラー的なものを念頭においているが、販売数と貸出数のピークの高さの違いや相互の距離の違いだけで、どんな本でも両者の関係はこれに類似した分布となる。この図は、図書館がゆっくりと時間をかけて著作物を提供する機能があることを示している。これを図書館の遅延的文化伝達作用と呼ぶ。


 確かに、出版後、間もない時期でも一定の貸出数があることは事実である。この図でも販売数と貸出数を総数で比較すれば同じくらいになる。だが、図の T1 の時点なら、販売数が貸出数よりはるかに多い。図書館がもつ遅延的な文化作用 は、時間をかけて読者(=消費者)を形成することに結びつく。

このような作用が実現されている例として、児童書の領域がある。児童書は各図書館で複本をもって貸出しに供されているが、それに対して児童書の作家や児童書出版社が批判することにはなっていない。むしろ、両者は相互に信頼し合いながら、「子どもたちによい本を読ませたい」という方向で協働の関係になっていると考えられている。

これは、1950 年代以降の家庭文庫や地域文庫運動があり、それを石井桃子『子どもの図書館』(1965, 岩波新書)が媒介することによって、公共図書館にきちんと組み込まれたという歴史をもつからである。児童書出版にとって、図書館は 大きな市場でもあり、複本提供による貸出しの拠点ともなり、また、消費者としての読者を形成することによって書店市場への影響力も大きい。さらに重要なのは、この関係が次の世代の読者形成に寄与していることである。

今後の課題 

現在、図書館では、資料提供を核にして、レファレンスサービス、障碍者支援、子どもの読書推進、学校支援、広場・出会いの場づくり、地域の課題解決支援、 生活支援(コンシェルジュサービス)などの多様なサービスを行う方針が明確になってきている。2012 年の文科省「図書館の設置及び運営の基準」が出てこうした方向が確認されている。

つまり、すでに貸出中心のサービスは旧式のサービスモデルになっている。ただし、新しいサービスへの転換はかなりのコストがかかることであるので、移行 には一定の時間がかかるものと思われる。

真の問題は、書籍出版が生き残るのかどうかであることは多くの関係者の思いが一致しているはずだ。戦後教養主義の崩壊、活字世代の高齢化、10 代の活字離れといった問題があり、このままだと書物文化を支えた層は徐々に退潮して、それにとって代わるものがない未来が予測される。デジタルミレニアル世代は明らかにネット依存であり、このことについてアメリカでは深刻な学力低下に警鐘をならす議論が起こっている。(カー 2010)

「書物文化」の再定義の必要性がある。短期的な情報・データではない、蓄積し、時間をかけて受容すべき知識・知恵とは何であり、それが紙による書物でしか媒介できないのかどうかについて、また、デジタルネットワーク時代においての位置づけをどのように確立して新しい「書物文化」提供システムをつくるかについて、著者、出版社、書店、ネット、図書館、教育機関のすべてが担い手になって検討すべきである。


<参照文献>

浅井澄子「公共図書館の貸出と販売との関係」『InfoCom Review』Vol.68, 2017. Also the same In: 浅井澄子『書籍市場の経済分析』日本評論社, 2019, p.101-118. 

伊藤民雄「出版流通と図書館:東京都の公立図書館の調査を通して」図書館問題研究会64回研究大会 第4分科会(2017年6月26日)発表資料 

貫名貴洋「図書館貸出冊数が書籍販売金額に与える影響の計量分析の一考察」 『マス・コミュニケーション研究』No.90, 2017.

カー, ニコラス・G. (篠儀直子訳)『ネット・バカ:インターネットがわたしたちの脳にしていること』青土社 2010. 

中瀬大樹「公立図書館における書籍の貸出が売上に与える影響について」2011 年度政策研究院大学大学院修士論文 http://www3.grips.ac.jp/~ip/paper.html#paper2011 

根本彰『続・情報基盤としての図書館』勁草書房, 2004.


探究を世界知につなげる:教育学と図書館情報学のあいだ

表題の論文が5月中旬に出版されることになっている。それに参加した感想をここに残しておこう。それは今までにない学術コミュニケーションの経験であったからである。 大学を退職したあとのここ数年間で,かつてならできないような発想で新しいものをやってみようと思った。といってもまったく新しい...