2018-02-06

ネット時代の国会図書館の納本制度

1月27日に、三田図書館・情報学会月例研究会の「国立国会図書館の役割と電子書籍・電子雑誌収集実証実験」(発表者:小熊美幸氏(国立国会図書館収集書誌部))に出席した。前に話題にした「書籍のナショナルアーカイブ」の議論を補うものとして、国立国会図書館(NDL)の納本制度に基づくサービスがどうなっているのかについて書いておきたい。これは小熊氏の発表内容とNDLのHP上の公式の見解を前提に、私の独自調査と解釈・意見を加えたものである。

松田政行弁護士の「書籍のナショナルアーカイブ」論においては、Google Books裁判を通して、Googleが少なくとも英語圏の書籍をすべてデジタル化してそこからテキストを取り出し、そこからつくった全文データベースをもとに、全文検索と版面の一部をスニペット表示することを可能にするシステムを提供する合法的な根拠が得られたことが述べられている。そして、日本政府はこれへの対抗措置として、著作権法と国立国会図書館法を改正して、NDLが書籍をデジタル化して保存すること可能にし、これによって同館がGoogleと同じことが制度的には可能になっているのだと述べている。

昨年10月26日の研究会では、それに加えて、最近になって日本政府は知的財産戦略推進本部が文化資源のデジタルアーカイブ政策を進め、そのなかでは同館が重要な役割を果たす位置づけにあることや、文化庁が著作権の権利制限規定の柔軟化を進めていることについても議論された。あのときには、同弁護士から後者の法制化が準備されているとの発言があったが、実際に今国会に上程される予定であると聞いている。

さて、今回の研究会では、NDLが実際にこれをどう進めているのかについての概略をうかがった。私自身先の研究会を準備するにあたり、これを勉強してたいへんな難物だと感じていたので、まとめて伺うことができたのはありがたかった。NDLのホームページには「資料収集保存」「電子図書館事業」のページがあるが、そこには「資料のデジタル化」「インターネット収集(WARP)」があり、さらに「オンライン資料収集(e-デポ)」がある。これらの相互関係はどうなっていて、ここ10年で著作権法や国立国会図書館法が立て続けに改正されているのとどのような関係になるのか、といったことを理解するのはけっこうたいへんだった。私自身の関心はさらに、「書籍のナショナルアーカイブとは何か」にあるのだが、それについては他日を期すことにして、NDLのデジタルアーカイブ戦略がどのあたりにあるのかについて把握したことを書いておく。

昨日の話しは予想通り次の図が引き合いにだされた。これはHPのここにあるものである。
納本制度というのは、NDLが法に基づいて出版物の発行者に出版物の納入を義務づけることのできる制度である。それは、国や自治体などの政府機関のもの(青い破線の上の部分)と民間のもの(同下)に分かれ、さらに「有形のもの」と「無形のもの」に分かれる。無形のものというのが、ネット上にあるコンテンツのことで、そのなかで「図書・逐次刊行物に相当するもの」が「オンライン資料」である。この図では赤い破線で囲まれているところである。

インターネット資料のうち青線の上の国等のものは館法25条の3に基づく収集対象で、これをソフトウェアで自動収集する事業はインターネット収集(WARP)と呼ばれている。オンライン資料とはネット上にある書籍や雑誌のことであり、そのうち青い線の上は政府系のものだから、WARPで自動収集することができるようになっている。

問題は青い線の下の民間のものである。電子書籍や電子雑誌の納入を義務づけるものだ。民間のものは無償/有償、DRMあり/なしによって4つ(AからD)に分かれている。DRMとはDigital Rights Managementの略で、利用にあたって何らかの制限措置を施すことで、DRMありとは利用にあたり何らかの手続きを要するもので、ネット上での自由な閲覧や複写はできない。このうち、Aの無償でDRMなしのものが当面の収集対象となっている。BからDが対象とならない理由を考えてみると次のようになるだろう。

NDLは伝統的に有償で販売される民間出版物の納入には代償金を支払ってきた。概ね定価の半額を支払うものである。そのため、これらについても代償金を支払うことが想定されていて、そのためには金額をどのように設定するのかを決める必要がある。だが、そもそもまだ電子書籍市場が安定してつくられていないし、まして図書館への販売についても市場は未成熟である。そのため、代償金をどうするのかについて出版界との合意をつくりにくい。ということで、「電子書籍・電子雑誌収集実証実験」というのをやって、技術的な問題の検証やNDL館内での利用実態の調査などをしているということである。

研究会では、この実験をやる意義などについて疑問が出されていた。だが、BからDをはずす措置は「当分の間」のものであり、この実験は将来的に納入の対象になるはずの商業的な電子書籍・電子雑誌について、制度を始めるにあたっての出版界との合意形成のために必要ということで実施されていると理解している。

私はAの無償でDRMなしのオンライン資料の収集について関心をもってきた。なぜなら、ネット上で誰でも情報を発信可能であって、ありとあらゆるコンテンツがある。だから、多様なコンテンツのうちどれが電子書籍あるいは電子雑誌なのかという素朴な疑問をもってきたからである。これは、そもそも納本制度の対象である図書とか逐次刊行物とは何かという問題に戻るものである。

国立国会図書館法の第24条第1項には納本対象資料が列挙されているが、そこには図書や逐次刊行物以外に「九 電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつては認識することができない方法により文字、映像、音又はプログラムを記録した物」がある。電子的方法で文字ないし映像を記録した物はネット上に無数にあるのだが、納本対象である電子書籍や電子雑誌と言えるものは何なのだろうか。紙のものだと出版物として発行されているものを中心としてきたが、どこまで含むのかについては「灰色文献」などと呼ばれて問題にされてきた。

NDLはこれを次のような図でわかりやすく説明している。出典は前の図と同じである。

















「電子書籍・電子雑誌」の納入については、NDLは「よくあるご質問:オンライン資料の納入」というQ&Aのページを設けてそこで基準を示している。ここにNDLの運用上の考え方はすべて示されているといってよい。以下、そこから重要なものを紹介する。


納入義務対象であるが、「納入の対象となるのは、私人(国等の公的機関は含みません)がインターネット等で出版(公開)した電子書籍・電子雑誌等のうち、
        (1)特定のコード(ISBN、ISSN、DOI)が付与されたもの
        (2)特定のフォーマット(PDF、EPUB、DAISY)で作成されたもの
    のいずれかで、そのうち無償かつDRMのないもののみです。」
となっている。私は二つの特性のいずれも満たすものを収集するとしていると思っていたが、いずれかとなっている。特定のコードはいずれも国際的な標準として使われているコンテンツを特定化するもので、ISBNは図書、ISSNは逐次刊行物、そしてDOIは論文や資料を特定化するコードである。これが意味するのは、誰かがこうしたコードを付与したものであり、それなりに図書、逐次刊行物、論文・資料として配布することを意図したものと考えられる。しかしながら、(2)でEPUB、DAISYはともかく、PDFが入っているので、ここで一気に範囲は拡がることになる。なお、無償かつDRMのないものというのは先ほどの図のAを示している。

また、「Q    オンライン資料のうち、どのようなものが納入義務対象外となりますか?
A    ①簡易なもの、②内容に増減・変更がないもの、③電子商取引等における申込み・承諾等の事務が目的であるもの、④紙の図書・雑誌と同一版面である旨の申出があったもの、⑤長期利用目的でかつ消去されないもの、等が納入義務対象外となります。」
とある。これは先ほどの図の左側にあったもので、対象外とするカテゴリーの資料が挙げられている。ただ、ここに挙げられているものは、排除するものとしては比較的わかりやすいものであるだろう。図には、法施行前というのも納入対象外となっていたが、これは当然である。

さらに対象外の資料のなかで、「簡易なもの」が最初に掲げられているが、これの説明として、「Q    簡易なものとはどのようなものですか?
A    各種案内、ブログ、ツイッター、商品カタログ、学級通信、日記等を想定しています。
    基本的に会議資料や講演会資料は簡易なものとして扱います。ただし、学会の報告などは学術的なものとして納入対象として扱っています。
    具体的な判断で困った場合にはお問い合わせください。」
がある。本ブログも簡易なものであり、納入を免れているということになるわけだ。

こうして、最初にかなり拡げられたものが、「電子図書・電子雑誌」の全貌が見えてくるにつれて、限定されたり排除されたりして対象が狭まってきたことがわかる。この図でもその具体例として、「年報、年鑑、要覧、機関誌、広報誌、紀要、論文集[中略]CSR報告書、社史、統計書、その他図書や逐次刊行物に相当するもの」が挙げられている。まあ、従来からNDLが収集してきた出版物に近いものということができる。先ほどから参照している「オンライン資料(e-デポ)」のページの最後の方に、「一般のウェブサイト、ニュースサイト、電子書籍アプリ、携帯電話向けコンテンツ等は、納入義務対象として定めるコード、フォーマットに該当する場合を除き、おおむね納入義務対象外です。」という注意書きがあることも、それを示している。

しかしながら、実はそれですまされない問題があることを研究会の場でも指摘しておいた。それは、J-STAGEやCiNii、そして機関リポジトリに登録されているオンラインジャーナルが納本からはずれているということである。次のQ&Aを見てほしい。

「Q    J-STAGE、CiNii等で公開している資料も納入する必要がありますか?
A    J-STAGEやCiNiiで公開されている資料は、私人が出版した資料であっても、JSTやNIIという公的機関のサービスにより公衆に利用可能とされた資料であるため、国立国会図書館法第25条の3に基づく公的機関のインターネット資料収集の対象となり、私人の方が納入する必要はありません。
    なお、J-STAGEやCiNiiで公開されている資料は、「国立国会図書館法によるインターネット資料の記録に関する規程」(平成21年国立国会図書館規程第5号)第1条第2号の「長期間にわたり継続して公衆に利用可能とすることを目的としているものであって、かつ、特段の事情なく消去されないと認められるもの」として、収集していません。」

J-STAGE、CiNii等で公開している資料はもともと、学会や研究団体が発行した資料であるので先ほどの青い線の下に入るのだが、JSTやNIIのような公的機関のサービスとして提供され、WARPの対象となるから納入の対象でないと言っている。ではWARPとしてNDLが収集しているかといえばしていないというのである。

次に機関リポジトリであるが 、これは政府機関のものと民間の機関のものがある。

「Q    機関リポジトリで公開している資料も納入する必要がありますか?
A    機関リポジトリで公開している資料は、「長期間にわたり継続して公衆に利用可能とすることを目的としているものであって、かつ、特段の事情なく消去されないと認められるもの」と考えられるので、納入する必要はありません」。

ここではその区別が行われていないが、政府機関(国の研究機関や国立大学等)のものは先ほどのJ-STAGEやNIIと同じ扱いになるのだろう。ただし、WARPの対象からはずされているのかどうかはこれだけではわからない。ここに書いてあるのは、民間機関(民間の研究機関や私立大学等)の方であるが、「長期間にわたり継続して公衆に利用可能とすることを目的としているものであって、かつ、特段の事情なく消去されないと認められるもの」と先ほどのインターネット収集と同じ理由で収集しないとなっている。同じ理由ではあるが、根拠は「国立国会図書館法によるオンライン資料の記録に関する規程」(平成21年国立国会図書館規程第5号)第3条第3号に基づくものである

かなり捻れた論理ではあると思うが、これらの学術資料を「長期間にわたり継続して公衆に利用可能とすることを目的としているものであって、かつ、特段の事情なく消去されないと認められるもの」という内部規程にもとづいて収集しないというのだ。これまでも、納本制度の枠組みにおいて、映画フィルムの納入が免除されたままにされていて、実質的には国立近代美術館フィルムセンターがその役割を果たしたというように、納本制度の資料の種類ごとの分担が存在していたことは確かだ。図書館で扱うのが難しい資料であり、専門的な政府機関が担当することには合理性があったと考えられる。

しかしながら、これまでNDLが網羅的に収集し保存してきた図書や逐次刊行物の話である。それを分担して、大学や研究機関のリポジトリがそれなりの永続性をもって扱うことが想定されているようであるが、これは本当に確かなのだろうか。法的根拠がない機関リポジトリという制度がいつまで安定して存在し続けるのだろうか。少子化で大学の統合や消滅もありうるなかで、そうした危険性をどの程度想定しているのだろうか。研究会で「これまで紙で発行されていた大学の紀要は当然納本されていたはずだが、機関リポジトリ登録に変更になって紙では出なくなると、NDLではもう収集保存はしなくなるのですね」と確認したが、現行の制度ではそうなるということだ。

ともかく、納本制度はデジタルネットワーク化において、かなり大きな変貌を遂げようとしていることは確かである。他機関との分担体制はオープンデータ時代において自然な流れとなっていることではあるが、それで、国内で刊行された出版物の納本制度による、収集保存とその記録化(全国書誌作成)の機能が果たせるのか、再度問いかける必要があるだろう。






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