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相変わらず言葉と知のギャップを埋めるための仕組みという人文学のもっとも基盤的な部分でつまずいたまま起き上がれず,手当たり次第に手がかりになりそうなものに目を通している。歴史,思想,言語,文学,教育,情報といった概念の交差する地点を探るべきことは確かで,ここしばらく見てきた範囲で,西洋のルネサンスから古典期のインテレクチュアルヒストリーにいろんなヒントがあることが分かってきた。今年も『ルネサンス情報革命の時代』(ちくま新書, 2022)の桑木野幸司の旺盛な仕事ぶりに感嘆し,ここで取り上げられるルネサンスの記憶術や編集術が私たちが追究している仕組みの原型を形成してきたことに確信を深める。
この方面では,一昨年だったか紹介した『情報爆発』(中央公論社, 2020)の著者アン・ブレアが筆頭編者になっているInformation: A Historical Companion(Ann Blair, Paul Duguid, Anja-Silvia Goeing, Anthony Grafton eds, Princeton University Press, 2021)が出色の便利さでKindle版の本文をしょっちゅう眺めている。このCompanionという形式の出版物は実用主義的なHandbookとも少し異なる「研究手引書」あるいは「研究入門者の友」である。日本で最近はやりの「○○大全」もあのような自己啓発書風のものよりもっと領域知を俯瞰するためのツールとなってほしいと思う。人文主義においては研究と教育は一体のものなのだから。その意味で読書猿『独学大全』(ダイヤモンド社, 2020)は初学者向けの人文主義的コンパニオンとして優れている。ちょっと話がそれたが,この本は情報史という分野において,時代ごとの12のトピックをそれぞれ俯瞰するレビュー論文が書かれた上で,ACCOUNTING(会計)で始まりXYLOGRAPHY(木版術)で終わるアルファベット順の101の中項目の事典を構成している。トピックと中項目が有機的に結びつき,全体としてデジタルネットワーク時代の情報コンセプトへの導入がなされているところに編集のセンスよさを感じる。
西洋の人文主義を追いかけると文献学(philology)を無視することはできない。この系譜は19世紀ドイツの文献学が生み出したフリードリッヒ・ニーチェを経由して20世紀のさまざまな思潮に流れ込み,21世紀にはデジタルヒューマニティーズとも繋がっていくことが知られている。そのことは一旦措いて,日本の新文献学とも呼べるような試みが河野貴美子らを中心に進められていることにも注目している。河野編『古典は遺産か?日本文学におけるテクスト遺産の利用と再創造』(勉誠出版, 2021)は,書物に対して,その所有性,作者性,真正性というような従来の文献学あるいは書誌学特有のアプローチからはじまり,テクストの読まれ方,テクスト間に埋め込まれた関係,上演や翻訳といった間テクスト的な拡がりを含めて「テクスト遺産」とする試みである。2022年5月に国立国会図書館デジタルコレクションが図書館の枠を超えてネット空間で利用可能になった。テクスト遺産としてのデジタル・テクストを処理しながら人文学研究を進めるのに多大な貢献をするはずだ。一般財団法人人文情報学研究所他編『人文学のためのテキストデータ構築入門:TEIガイドラインに準拠した取り組みにむけて』(文学通信, 2022)はそのための有効なハンドブックとなる。
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