2021-12-26

国立国会図書館デジタルコレクションの凄さ

日本のデジタル化が遅れているという認識の下に、国がデジタル庁をつくって音頭取りをするというご時世だが、国がやっているデジタル関係の事業で文句なくすばらしいと言えるものは国立国会図書館(以下NDL)のデジタルコレクションのサービスである。これは私が同館に関わりがあることを差し引いても断言できる。そしてこれが来年からさらに拡張されて、誰もが来館せずにネットアクセスできることになっている。このことはあまり知られていないのでここで自分で利用した体験を含めて紹介してみたい。

これまでのデジタルコレクション制度の概要

国立国会図書館は国の唯一の法定納本図書館である。法定納本制度は、国内で新しい出版物を出したらそれを同館に納入することを出版者に義務付けるものなので、同館には国内出版物が網羅的に所蔵されていることになる。もちろん実際には出版物の定義の問題があるし、制度の実効性の問題があり、納入されていないものもかなりあるのだが、主たるものは入っていると考えてよい。

そこでこのデジタルコレクションサービスとは何かというと、NDLが法定納本制度ほかの方法で収集した資料(図書、雑誌等)のなかで絶版になったものを保存目的でデジタル化し公衆に向けて公開(公衆送信)するものだ。デジタルコレクションのページはここある。このページでキーワードを入れてみてほしい。そのキーワードを含む書誌データ(目次に含まれるメタデータ(文字列)も含む)が検索される。

デジタルコレクションのトップページ










これは2012年の著作権法改正(31条2項、3項の新設)で可能になった。概要は次のとおりである。全体の正確な条文は他を参照してほしい。

2項 国立国会図書館において、図書館資料の原本を保存し公衆の利用に供するため、又は絶版等資料を自動公衆送信(送信可能化を含む)に用いるためディジタル化することで記録物を作成できる。

3項 国立国会図書館は、絶版等資料に係る著作物について、図書館等又はこれに類する外国の施設で政令で定めるものにおいて公衆に提示することを目的とする場合には、前項の規定により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて自動公衆送信を行うことができる。この場合において、当該図書館等においては自動公衆送信される当該著作物の一部分の複製物を作成し、当該複製物を一人につき一部提供することができる。 

要するにNDLは資料保存や絶版等資料の提供のために資料をデジタル化し、絶版等資料のデジタル化したものを図書館に公衆送信して利用者に利用させることができるし、コピーの提供もできるということである。

第2項はそのなかで絶版になったもの、つまり、市場で入手できなくなったものをデジタル化することが可能なことを規定している。 こうして絶版等資料(図書・雑誌・博士論文等)の網羅的デジタルコレクションがつくられている。そして、第3項はそれを公衆送信することで図書館等の機関で公衆に提供できることが規定されている。

ところで、インターネットでNDLのデジタルコレクションが見られるのは著作権の保護期間が過ぎたことが確認できる一部にすぎない。現在デジタル化資料が約276万点あり、うち55万点がインターネット公開、 約152万点が図書館を通じての利用、 約55万点がNDLの館内利用ということである。だから現在は図書館への公衆送信を利用しないと多くのデジタル資料は見られないことになる。

図書館でデジタルコレクションを利用してみた

これまで、図書館への公衆送信のものが利用できるとかNDLに行けば全部を見ることができるということは知ってはいても、利用しようという気にはなれなかった。それは身近に紙ベースの図書館がありそれを使っていれば事足りていたからである。ところが、以前から、戦後の占領期の図書館制度や戦後新教育の研究などをやっていたのだが、改めてこれを見直そうと思ったときにこのデジタルコレクションを使えるのではないかと考えた。それで先程のページで検索をかけてみて驚いた。これまで、WebOPACやCiNii Articlesなどで検索して数十の文献しかヒットしなかったものがいきなり数百のオーダーでヒットしたからである。

その理由はすぐに分かった。従来の図書館の目録は図書を検索し、CiNii Articlesは雑誌論文を検索していたが、今では両者を同時に検索することができる。しかし、デジタルコレクションの強みは図書に含まれる目次単位のメタデータが検索対象になることである。文献資料には、論文集とか全集・著作集、講座ものなど複数の人が寄稿する集合的な著作物がある。これらにある個々の論文・記事は目次で示されるが、これを著者名付きで検索できるようにしたことがこのシステムの大きな特徴である。従来、これらは表示されることはあっても正式な検索の対象になることはあまりなかった。最近の出版関係の書誌データベースで目次情報がついているものは多いが、著者名まで入っているものは少ないし、それを著者名という特性で検索できるようにしているものは少ない。NDLのデジタルコレクションはこれを入れて著作内の個々の文献の著者名検索を可能にしている。それにはNDLの長年の書誌情報作成のノウハウが生きていると考えられる。

下が「深川恒喜」(戦後の文部省で最初に学校図書館行政を担当した人)で検索した例である。ここには個別に図書館で探せばコピーできた資料もあるが、この検索で初めて存在を知った資料もかなり含まれる。特に「目次」とあるものはNDLがデジタルコレクションを作成する際に入力したメタデータであり、これに助けられている。

「深川恒喜」での検索例

それで多くの文献がヒットすることは分かったが、このコンテンツを利用するためには図書館に行かなければならない。現在これが使える図書館は全国に1250館ほどあるらしい。公立図書館でも中央図書館的位置づけのところならたいていは使えるようだ。ということで、行きつけの市立図書館に行ってみた。3階に専用の端末が置いてあり、そこで使用したい旨を告げるとすぐに使えた。これにより一気にデジタル化資料276万点中の207万点が使えるようになった。使い勝手はすごくいい。検索画面は分かりやすく、検索レスポンスは速い。また、検索結果の画面は見やすい。コンテンツを見ようとすると瞬時に表示してくれるし、見開きのページを拡大縮小するのも楽だ。表示をタイトル順や出版年順に並べ直すことも、別のページに跳ぶことも容易にできる。もちろん、戦後まもない頃の質の悪い紙に印刷してあるので色が変わっていてその意味では読みにくいがこれは仕方ないだろう。NDLのそもそものデジタル化の目的はそうした資料を保護することにあった。プリントしたければ著作権法の範囲で可能で、ページ番号を知らせれば手作業で職員がプリントしてくれる。プリントの質を自分で調整する機能もついている。ということで、ソフトウェア技術の進歩に驚かされた次第。

後日、NDL本館に行ってこれを使ってみた。本館の1階のかつてカード目録が並んでいたエリアは全て端末が並んでいて壮観だ。本館全体で370台の利用者端末があるそうで、そのうち1階エリアに何台あるのかは不明だがその半分くらいはありそうだ。そこで他の図書館と同じように使用可能だが、ここで使うことにはさらに2つのメリットが加わる。ひとつは、NDLでしか見ることができないデジタル資料のコンテンツを見ることができることだ。もうひとつはプリント機能が自動化されていて自分でページを選択してプリント請求をすることができ、最後にまとめてプリントアウトを入手できることだ。料金は若干高い(といっても白黒A3までなら1枚17円)が使い勝手はいいし、時間がかからない。受け取るための待ち時間もあまりない。

デジタルコレクションの一般公開

今のところこのようなサービスはNDLないしは最寄りの図書館に行かなければ受けられない。だが本年度の著作権法改正により、来年より利用登録すればどこからでもこのコレクションにアクセス可能になるという制度改革が行われた。細かいところは省略してどのような制度改革が行われかを見ておこう。同法31条3項の改正と4項から7項の追加が行われたのであるが、法改正の際の説明資料がわかりやすいので、そこからコピーした図を使って説明する。朱字の部分が今回の改正で可能になるところである。要するに、図書館に行かないと見ることができなかった資料を利用登録さえすれば自宅からでも自由に見ることができるし、プリントもできるというのである。





利用できる資料の範囲であるが次のようになっている。












一般に入手困難であるとされる資料に限定されるのは、もともと資料保存対策から始まっているからである。NDLでは民間の商業出版やサービスに影響を与えないことを優先してこれを実施しようとしている。だから、商業雑誌、コミック、すでに出版されている博士論文をここに含めることは予定されていないようだ。著作権の保護期間が2018年より50年から70年に伸びた。ということはネットで自由に利用可能になるには著者の死亡後70年過ぎなければならないことになり、1968年までの著作物が2038年になってその後1年ずつ保護が解けることで著作権切れ著作物が増えていくことになる。

だから、この事業の価値は著作権が継続する資料群のなかで「絶版等資料」をできるだけ広い範囲で認定することにあるだろう。現在の書籍出版においてはたいてい電子データが作成されるから、電子書籍化が作成可能である。そうなると常に入手可能になるからここでいう「絶版等資料」の範囲は狭められることになる。現在、商業出版社はそのことを想定して電子書籍の開発を進めており、だからこのようなNDLのデジタルコレクションの動きにも反対していないのだろう。つまり、商業出版と図書館の役割の分担は今後も続くことが前提になっていると思われる。

とはいえ、この新しいシステムは人文社会系の研究者のみならず一般の人も含めて20世紀に出た書籍のかなりのものが自宅で読める可能性をもたらす。紙資源をデジタル化してアーカイブ的活用することで重要な貢献となるものと思われる。願わくは、これが一般公開されたときの使い勝手やレスポンスなどにおいて現行レベルのものが保持されることだ。今回、じっくり使ってみて素晴らしいと感じたのでのまま使えるようになってほしい。



2021-12-23

『地域資料サービスの展開』『地域資料のアーカイブ戦略』の刊行

新しい本が出ました。蛭田廣一さん編の地域資料に関する2冊の論集です。前に書評した同氏著『地域資料サービスの実践』の続編で、2冊でデジタルも含めた地域資料実践の全体像が把握できます。このなかの2冊めの最後の第7章「図書館の地域アーカイブ活動のために」を書きました。

個人的には2冊めのタイトルが「アーカイブ戦略」となっているのが気に入りました。デジタルアーカイブ戦略ではないのですね。デジタル戦略はその前のアーカイブ戦略がなければ立てられないことは明白です。しかし、デジタルがいろんなものを動かしていることも事実で、そのあたりの戦略論は山崎博樹さんの第1章を読むといいと思います。

JLAのHPからとりましたが、著者名を補っています。なぜ、こういう目次に著者名がないのか。誰が書いているのかは大事な情報でしょうに。このあたりに公務員職場特有の職務著作と個人著作の区別がはっきりしていない体質が現れています。専門職は自分の責任で仕事をすべきだからその範囲でどんどん書くべきなのにと思います。目録規則の「責任表示」という概念は個々の章にも適用すべでは?


『地域資料サービスの展開』(JLA図書館実践シリーズ 45)

著者・編者:蛭田廣一編

発行:日本図書館協会

発行年:2021.12

判型:B6判

頁数:240p

ISBN:978-4-8204-2110-8   本体価格:1,900円

内容:2019年に刊行された『地域資料サービスの実践』(JLA図書館実践シリーズ41)をさらに進めるため,同書の著者がさらに踏み込んで2冊の書を編みました。そのうちの1冊が,各図書館等の実践事例を集めた本書です。いずれもそれぞれの地域特有の資料を丁寧に掘り起こし,保存・提供しようとする強い意気込みを感じることができます。地域資料への熱い思いをいだく図書館員の実践と経験が豊富に紹介された書籍です。


【目次】

1章 置戸町図書館の資料とデジタルアーカイブ(今西輝代教)

2章 調布市立中央図書館の組織化とサービス(海老澤昌子、武藤加奈子、越路ひろの)

3章 地域と紡ぐ地域資料-桑名市立中央図書館の地域資料サービス(松永悦子)

4章 モノと資料から考える今と未来-瀬戸内市の地域資料サービス(嶋田学)

5章 都城市立図書館の移転と貴重な未整理資料(藤山由香利)

6章 秋田県立図書館の120年とこれから(成田亮子)

7章 岡山県立図書館の魅力発信と「デジタル岡山大百科」(神田尚美、隈元恒、佐藤賢二)

8章 沖縄県立図書館の取り組みと移民のルーツ調査支援(大森文子、原裕昭)


『地域資料のアーカイブ戦略』(JLA図書館実践シリーズ 46)

著者・編者:蛭田廣一編

発行:日本図書館協会

発行年:2021.12

判型:B6判

頁数:160p

ISBN:978-4-8204-2111-5   本体価格:1,700円

内容:2019年に刊行された『地域資料サービスの実践』(JLA図書館実践シリーズ41)をさらに進めるため,同書の著者がさらに踏み込んで2冊の書を編みました。そのうちの1冊が,地域資料の収集・保存だけでなくデジタルアーカイブとして市民に広く公開する実践事例を集めた本書です。いずれもそれぞれの地域特有の資料を丁寧に掘り起こし,保存・提供しようとする強い意気込みを感じることができます。地域資料への熱い思いをいだく図書館員の実践と経験が豊富に紹介された書籍です。

1章 地域資料とデジタル化(山崎博樹)

2章 地域住民と協働したデジタルアーカイブ(西口光夫、青木みどり)

3章 学校教材としての地域資料のデジタル化(新谷良文)

4章 地域資料のオープンデータ化と活用(澤谷晃子)

5章 デジタルアーカイブ福井の展開(長野栄俊)

6章 民間資料の保存をめぐる現状と課題-多摩地域を中心に(宮間純一)

7章 図書館の地域アーカイブ活動のために(根本彰)


2021-12-01

図書館サービスの経済学のために

3回続いた『図書館雑誌』巻頭の「窓」欄の最後の回(2021年9月号)は、「図書館サービスの経済学のために」です。このテーマは以前から関心をもっていたもので、とくに出版流通との関係を考えるときに避けては通れないものです。

なお、このテーマで年明けに別の記事をアップする予定にしていますので、お楽しみに。



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