2022-05-23

科研「「知の理論(TOK)」に基づく学校図書館モデル構築の研究」の成果報告

3年間にわたる科研による研究成果の報告をしておきたい。

SLILのHPのこれまでの活動のなかにも同じものが掲載されている。また、そちらには、この科研で3人の研究協力者に国際バカロレアの学校図書館向けワークショップに参加していただいたときの記録が掲載されている。それは他にない貴重な記録なのでぜひご覧いただきたい。



研究課題:「知の理論(TOK)」に基づく学校図書館モデル構築の研究

研究課題/領域番号:19K12721

研究種目:基盤研究(C)

審査区分 小区分90020:図書館情報学および人文社会情報学関連

研究代表者:根本 彰

研究期間 (年度) 2019-04-01 – 2022-03-31

https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K12721/


<概要>

国際バカロレア・ディプロマプログラム(IBDP)が学習者自身による探究学習を重視し、そこに学校図書館の支援を位置付けていることが日本の探究学習の実施にどのような示唆を与えることができるのかについて基礎的な研究を行った。IBDPの思想的背景、そのカリキュラム構造、日本の学校図書館の教育行政上の位置付け、戦後教育における図書館教育の類似性などについて検討し、また、IBDPと学校図書館の関係についての翻訳書を出版し公開シンポジウムを実施したことで今後の発展的研究につなげる基盤をつくることができた。

<本文>

1.研究開始当初の背景

 学校図書館法が1997年、2014年に改正されて、学校図書館の整備は進んでいるが教育課程との関係は曖昧にされたままである。一方、国際バカロレアの中心には探究学習(inquiry_based learning)があり、探究学習を実施する際には学校図書館の利用と図書館員の教育支援を重視している。2013年5月の教育再生実行会議第3次提言に、国際バカロレア導入校の大幅な増加(200校)を目指すことが記載され、同年に文部科学省と国際バカロレア機構 (IBO) との合意により、「日本語と英語によるデュアルランゲージ・ディプロマ・プログラム」(日本語DP)が導入された。国際バカロレアは2010年代後半に本格的にとりいれられ始め、現在、学校教育法第一条で定義された学校(一条校)でIBプログラムを導入している日本の学校は50校ほどある。また、2021年から実施の新しい学習指導要領には高校の総合的探究の時間をはじめとして「探究」を大幅に取り入れることになっている。このように、探究学習についての動向の変化があり、そこで学校図書館の支援をどうすすめるかの検討可能な状況がつくられつつある。

2.研究の目的

 国際バカロレア・ディプロマコース(IBDP)は高校の2年、3年レベルの教育カリキュラムを提示するもので、そこには教科にあたるものとは別にコアと呼ばれる3つの科目がある。そのうち、TOK(知の理論)とEE(課題論文)の在り方を分析し、日本に適用可能な学校図書館を用いた学習カリキュラムを明らかにすることを目的にする。TOKは、知識を獲得する方法について学ぶコースであり、複数の知識領域を題材にして、認識論、学問史、科学方法論、科学社会学などによる知の究明の方法を学ぶが、その際に、エッセイ執筆およびプレゼンテーションが義務付けられているので図書館が支援を行うことが多い。EEはテーマを自分で設定して研究を行いそれを小論文にまとめ、プレゼンテーションを行うものである。こちらは教員だけでなく図書館員が指導することも多い。この研究では、IBDPがなぜこのようなコア科目を導入するのかを明らかにするために、背景にある西洋思想史を明らかにし、実際にどのようなカリキュラムが組まれ、どのようなシラバスの展開があるのかを調査する。また、IBDPが学校図書館をどのように位置付けているのかを明らかにし、日本のIBDP校および一条校での運用の可能性について検討する。さらには、IB校に限らず一般の学校で導入されつつある探究学習に対して、IBDPのTOKやEEが示唆するものを考察する。

3.研究の方法

 文献調査、英語文献翻訳、IBDP関係者との協働作業、連携研究者による国内のIBDP校の調査、公開シンポジウムの開催など複合的な方法を組み合わせて行う。当初、IB本部(ジュネーブ)での聞き取りやヨーロッパのIBDP校の見学とインタビューを予定していたが、ちょうどコロナ禍と重なって海外調査ができなかったので国内で可能なことに切り替えた。

4.研究成果

1)背景の思想研究 国際バカロレアは1968年にジュネーブで始まった。最初のディレクターであったオックスフォード大学の教育学者A. D. C. Petersonの著書Schools Across Frontiers, 2nd ed(2003)によれば、IBDPのカリキュラムは西洋の伝統的な人文主義(humanitas)の要素を色濃くしている。そこで、西洋の人文主義の系譜を整理しそれが日本の教育思想、図書館思想とどのような関係にあるのかについて『アーカイブの思想』(文献3)にまとめた。また、人文主義と図書館の思想および技術がどのような関係にあるのかを明らかにするためにさらに文献2、5、6、8、14、16の研究を行い発表した。

2)学校図書館史研究 日本では戦後占領期に学校図書館は経験主義教育を支援することで注目されたが、まもなく教育課程自体が系統主義教育に切り替えられた。このため十分な人の手当も行われないままに長く読書施設とされたことに対する理論的な批判をするために行っている。以前から行ってきた学校図書館史研究をまとめて文献1として東京大学出版会から刊行し、併せて文献7、9、12の検討を行った。12は論文として学会誌に投稿中である。それ以外に、学校図書館史の論文(「戦後学校図書館のマクロ分析」「深川恒喜研究のための予備的考察」)を投稿中であり、さらに1本(「戦後新教育における初期図書館教育モデル」)を準備中である。

3)IBDPカリキュラムと学校図書館の関係 国際バカロレアのカリキュラムがどのように学校図書館に関わるのかを明らかにするために、カリキュラム構造の分析ととくにTOKがどのように実施されているのかをIB公式文書を用いて明らかにした(文献10、13)。

4)アンソニー・ティルク『国際バカロレア教育と学校図書館』の刊行と公開シンポジウムの開催 国際的に学校図書館をIBDPに位置付けるための理論的実践的活動を行っているティルク氏の著書の日本語版の翻訳の監訳を行い、2021年9月に学文社から刊行した(文献4)。また、2021年11月23日にティルク氏の講演を含めて、IBDPと学校図書館をテーマにした公開シンポジウムをオンラインで開催し、150人以上の参加者を集めた。シンポジウム記録はネットで公開している(https://sites.google.com/view/slil-inquiry/past)。

5)連携研究者によるワークショップ参加報告と国内IBDP校の図書館調査 IBアジア太平洋地域支部が開催するワークショップに連携研究者3名が参加し、その結果を報告した(SLILのHP)。また、連携研究者が国際バカロレア認定校学校図書館の調査を行い、その結果の一部を学会で報告した(文献11)。これは学会誌で発表予定である。

6)今後の研究継続のための研究会発足 上記の翻訳と公開シンポジウムチームによってSLIL(School Library for Inquiry Learning)という研究会を立ち上げ、探究学習と学校図書館との関係を中心にして国際バカロレアも含めた研究を継続することにした(https://sites.google.com/view/slil-inquiry/home)。


5.主な発表論文等

[図書]

1.根本彰『教育改革のための学校図書館』東京大学出版会, 2019.7

2.根本彰、齋藤泰則編『レファレンスサービスの射程と展開』日本図書館協会, 2020.2

3.根本彰『アーカイブの思想ー言葉を知に変える仕組み』みすず書房, 2021.1

4.アンソニー・ティルク著(中田彩・松田ユリ子訳、根本彰監訳)『国際バカロレア教育と学校図書館:探究学習を支援する』学文社, 2021.9

[図書の一部]

5.根本彰「4章 レファレンス理論でネット情報源を読み解く」根本彰、齋藤泰則編『レファレンスサービスの射程と展開』日本図書館協会, 2020.2

6.根本彰「6章 知識資源のナショナルな組織化」根本彰、齋藤泰則編『レファレンスサービスの射程と展開』日本図書館協会, 2020.2

[雑誌論文]

7.根本彰「教育改革と学校図書館の関係について考える」『図書館雑誌』vol.113, no.12, Dec. 2019, p.792-795.

8.根本彰「知識資源システムとは何か(図書館と知識資源の新たな動向)」『三色旗』No.836, 2021.6, p.31-38.

[口頭発表]

9.根本彰「日・米・仏のカリキュラム改革史における学校図書館政策」『2019年度日本図書館情報学会春季研究集会発表論文集』日本図書館情報学会, 2019. p.71-74.

10.根本彰「国際バカロレアと学校図書館との関係」日本図書館情報学会研究大会 2020年10月4日

11.高松美紀「日本における国際バカロレア認定校の図書館の実態」『2021年度日本図書館情報学会春季研究集会発表論文集』日本図書館情報学会, 2021. p.39-42.

12.根本彰「戦後学校図書館のマクロ分析」日本図書館情報学会研究大会、熊本学園大学 2021年10月16日

13.根本彰「IBDPの「知の理論(TOK)」「課題論文(EE)」が図書館情報学に示唆するもの」三田図書館・情報学会 2021年11月13日

14.根本彰「図書館のアーカイブ機能とは何か」『大阪公共図書館大会記録集第68回 テーマ「「コロナ時代」の図書館運営』大阪公共図書館協会, 2021. p.50-51.

[その他]

15.新聞インタビュー 『朝日新聞』2021年4月4日(土)朝刊11面「(耕論)「国語を学ぶ」とは 渡邊峻さん、根本彰さん、ロバート・キャンベルさん」

16.「アーカイブと図書館を知り、よりよく活かす 対談=根本彰・田村俊作『アーカイブの思想』(みすず書房)刊行を機に」『週刊読書人』2021年4月9日


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