本日、郵便物で「岩田書院新刊ニュース 集成版 2021.6-22.04」という冊子が送られてきた。歴史書の出版社岩田書院の新刊の案内DMなのだが、これに「裏だより」というのがついていていつもつい読まされてしまう。この出版社は社主岩田博氏が『ひとり出版社「岩田書院」の舞台裏 』(無明舎)という本を書いているように、一人で経営していること、そしてその舞台裏を明かしながら経営していることが特徴だ。『地方史研究』とか『アーカイブズ学研究』といったときどき見ている雑誌はこちらが版元だったとは今日この冊子をまじまじと読むまで気づかなかった。
今回の「裏だより」に「品切れ続出」という記事がある。出したばかりで品切れになってしまった図書が4点挙げられている。もっと売れたはずなのに売り損ねた本という扱いだが、そこで注目したのはそれぞれに刷り部数が書いてあることだ。以前から出版の経済学の必要性を唱えていたが、部数と価格の関係とそれが図書館でどのくらい購入しているのかが気になっていた。そこで、試しにということで2021年8月に出て3ヶ月で品切れになったという、倉石あつ子『蚕を養う女たち―養蚕習俗と起源説話』という本を取り上げて図書館蔵書を調べてみた。A5判上製本253ページで、価格は税別で5600円の本である。
内容的には最近多い女性民俗学の学術書で、類書に沢辺満智子『養蚕と蚕神:近代産業に息づく民俗的想像力』(慶應義塾大学出版会,2020.2)がある。著者倉石あつ子氏は跡見学園女子大学文学部教授を経て、安曇野市豊科郷土博物館、新市立博物館準備室という経歴がおありで、同じ民俗学の倉石忠彦氏が夫君だそうだ。
3ヶ月で品切れになったというこの本の刊行部数は、「裏だより」によると300部である。そのなかで図書館がどの程度購入しているのかを調べるというのが今回の課題である。ツールはカーリルを用い、CiNii Researchで補う。実際やってみて、カーリルは大学図書館についてもほぼ網羅していてCiNii Researchでしか検索できなかったのは2館のみだった。たぶん、今日たまたまWebOPACのシステムかAPIインタフェースが不調だったのだろう。
結果であるが、蔵書にしていた図書館は計173館で、内訳は県立31館、政令市5館、市町村立78館、大学図書館59館であった。300部に対する図書館での購入割合は57.6%であった。全体的な傾向は東日本の県が所蔵しやすく、西日本だと県立のみ所蔵かまったく所蔵していないという感じだった。養蚕というテーマからそうなるのだろうか。
興味深かったのはカーリルを都道府県別に検索していって、目立って所蔵する図書館が多かったのが群馬県と長野県だったことだ。隣接県でも県立図書館が所蔵し他は1〜2館しか所蔵してなところが多いのに、群馬県は8市町、長野県は県立プラス19市町で所蔵していた。その理由は明らかで、著者が長野県安曇野市の博物館にかかわっておられること、また、本書に長野県だけでなく群馬県の養蚕についての記述があることからくるのだろう。これらの県の図書館にとっては地域資料にもなる。
この数字をどう評価すればいいだろうか。こうした本だと公共図書館でもあと数十館購入しそうな気がする。また、大学図書館が59館しかないのは少なすぎると思う。おそらく大学図書館は公共図書館に比べて対応が遅く予算執行の関係で年度末になることもあり、購入したくとも買えない状況になっているところが多いのではないか。図書館市場で少なくともあと100部は売れたものと思われるが、それでも増刷まではいかないのだろうか。
出版市場の刷り部数データは一部のベストセラーを除いて公開されないものが多いが、岩田氏がデータを公開してくれたおかげでこういう考察が可能になる。他の本についてもやってみたい。また、異なったタイプの出版物についても同じようにやってみるといいだろう。そのためには出版社の協力が必要だ。
また、過半数が図書館で購入されていることが改めて分かった。しかしそれは刷り部数が300部という少部数だからだが、逆に言えば図書館が重要な市場でありこうした少部数出版を支えていることを示唆している。カーリルは書誌を検索すると貸出中かどうかも分かるのだが、これだけ所蔵されていても借りられていたものは10点もなかった(うろ覚えだが、そんなに違ってはいない)。つまり、これらは図書館が購入するから売れないという類いの図書ではないだろう。同社の出版物はすべて注文制で書店の店頭に並ばないという。とすれば現物を見るためには図書館に行く他ない。個人的経験からも、図書館の資料を借りて中身を確認してから購入した本は少なくない。その意味で、前に書いたように土浦市立図書館の蔵書には助けられている。少部数の学術出版物は図書館市場によって成り立つ出版物と言ってよいのではないかと思う。
岩田書院・岩田です。
返信削除オダメモリー拝見。「地方史研究」「アーカイブズ学研究」などの雑誌発売、もっと早く気がついて欲しかったです。(笑)
『蚕(こ)を養う女たち』の図書館所蔵調査の結果、ありがとうございました。公共図書館の所蔵が私の予想より多かった。これが品切れになった大きな要素でしょうね。
私、よく言ってるんですが、都道府県立の図書館が各館で買ってくれれば、約50冊は売れるわけです。でも、実際は予算の大きい館しか買えない。買い支えてくれているのは、その本の著者・執筆者と、大学の図書館、それと研究費で本を買える先生方です。これで150冊から200冊。そのほかに、どれほど個人の読者が買ってくれるかによって、+50冊から100冊。発行部数は基本300冊ですので、これで品切れになれば良し。在庫50冊を抱えても刊行後1年たつと、ほとんど動きません。これが1000点たまれば、5万冊。
岩田書院では、毎月末の在庫数をサイトで公開しています。それを見ると、58000冊(雑誌の在庫も含めると76000冊)。ピタリと合う。
この在庫一覧には発行部数を記していませんが、岩田書院発行の本の奥付には、原則として発行部数を明記してあります。
なお、奥付には、コピーOKマークを付けてあるので、図書館での全冊コピーもできます。
岩田書院の本は定価が高いので、個人ではなかなか買えません。なのに図書館で論文1本をコピーしようと思っても、著作権者の了解がないとコピーできない、という事態になってしまいます。これは読者にとっては困ることです。なので、コピーOKにしてます。
それじゃ本が売れなくなるだろう。そうですね。でも図書館で
買ってもらって、あと、その読者が本を買えるようになったら、しっかりと買ってね、という考えです。
以上のことは、岩田書院の新刊ニュース「裏だより」で、折りに触れて書いてきたことです。
岩田様
返信削除コメントありがとうございました。
倉石あつ子『蚕を養う女たち―養蚕習俗と起源説話』についていうと、県立図書館だけでなくて市町村立図書館が購入しているのはテーマによるのでしょう。図書館の選書担当者の多くが女性であることから、ある種のジェンダーバランスが働いているのではないかと思います。つまり、少々学術的で価格が高い本でもこのテーマならという判断があるわけです。
コピーOKマークについてはあまり知られていないので(私が出入りしている)Facebookの図書館グループに情報を流しておきます。
ともかくこのやりとりで出版と図書館との関係を考えるヒントが得られました。感謝します。