2022-03-07

月刊『みすず』最近読んだ本

恒例の月刊『みすず』2022年1月/2月号「最近読んだ本」への寄稿です。 


根本彰(図書館情報学、教育学)

1 辻本雅史『江戶の学びと思想家たち』岩波書店、2021(岩波新書) 

本書はこれまでの近世思想史を踏まえ、ここ 30年ばかりで急速に展開した近世の教育文化史研究の成果を展望しつつ、日本特有の身体的学びとメディアの型の関係を論じているところが興味深い。素読において声に出して表現する知の働きが、出版というメディアを経由し幕末の私塾の講義、会業、そして近代の学校の授業においてどのように身体化するのかが述べられている。⻄洋近代の書物の取り扱いと日本近代の書物の取り扱いの違いがどこからくるのかを考察するためのヒントが得られるように思う。

2 野間秀樹『言語この希望に満ちたもの―TVAnet 時代を生きる』北海道大学出版会, 2021

 同じ著者の『言語存在論』(東京大学出版会, 2018)を読んでいる最中に、その実践編であるこの本が出たので先にこちらを読み了えた。まず主体の意があって言語が発せられるのではなく、言語とは主体と主体のやりとりの過程であり結果そのもので、その言語場でのやり取りが意味や情報とされるものなのだというように従来の言語論を逆転させている。言語場は、対面の話し言葉と切り離されて、テクスト(T)、音声(A)、視覚(V)のネットワーク(TVAnet)として独り歩きするようになった。この捉え方によって、言語論と情報論を統一的に扱うための契機が生まれている。著者自身による表紙や標題紙のデザインや巻末に付けられた詳細な事項索引、本当に図が縮小されて載っている図版索引は、モノとしての書物を通じた情報アクセスという場を扱う図書館情報学の立場からも興味深い。

3 メグ・レタ・ジョーンズ(石井夏生利監訳 加藤尚徳ほか訳)『Ctrl+Z―忘れられる権利』勁草書房, 2021

言語場の議論に加えるべきものがあるとすればそれは時間軸である。人間の記憶、集団内の慣習を超え言葉が一旦外部に出たとき、記録や情報が蓄積され必要に応じて参照されうる。歴史やジャーナリズム、学術はこれによって成立するが、そうした言語場での個人情報の扱いは難しい。とくに蓄積された 情報がネット社会において随意に呼び出せるようになるとき、過去のものをどのように扱うかという問 題が生じる。これがネット事業者へ特定個人情報の消去を求める「忘れる」ことを要求する「忘れられる権利」である。これを認めるか否かを論じる場は、ネット空間そのものではなくそのための法学的な 議論の場(法廷の場およびアカデミックな場)である。本書は、検索エンジン事業者は過去データの管理者なのか、グローバルな事業者の地理的な適用範囲をどう捉えるか、さらに事業者の個人情報管理責任の範囲と要求者がネットからの個人情報削除を要求する権利の範囲とをどのようにとらえるかというような複雑な問題場を理解するのに好適な本である。

4 松永昌三ほか編『情報文化』朝倉書店, 2020(郷土史大系―地域の視点からみるテーマ別日本史) 

この大部の歴史書シリーズの出版は、20 世紀後半に郷土史→地方史→地域史というように名辞の変遷があった領域が再度、郷土史へと回帰したことを示しているようにも見える。ここには、住んでいる人たちのヴァナキュラーな価値を重視する姿勢が前面に出されている。このシリーズに本巻『情報文化』および『宗教・教育・芸能・地域文化』(吉原健一郎ほか編, 2020)のような言語場を取り上げる巻が入 ったことは注目すべきである。

2022-01-17

土浦市立図書館の簡易蔵書調査

土浦市立図書館を利用していることについて前からここで発信している。できたばかりの中央図書館に行ってみたときの報告はここを見てほしい。また、比較的近いところに新治分館があって利用しやすい。この図書館の蔵書管理システムは、中央図書館や他の分館にある資料を取り寄せることができるのだが、どこにでも返すことができるだけでなく、返した図書は一部を除くと返した図書館に置かれる。つまり、蔵書は全館で動的に管理するという考え方っをとっている。これを繰り返すと分館の蔵書が自分好みのものになっていくのはいいのだが、それによって蔵書に偏りが出てくる可能性がある。このことの功罪についてはまた語ることにしたい。

ここでは今から1年半前に行った土浦市立図書館の簡単な蔵書調査の結果を示しておきたい。これを実施したのはここの蔵書がずいぶん堅いという印象をもったからだ。これは私のような興味関心のものからすればありがたいことでもあるのだが、これで本当にいいのだろうかとも感じたので実態を把握したいと考えた。ここに示す表は、2020年7月下旬のある日の時点で、土浦市立図書館の2020年6月のベストリーダー10点と人文会ニュースに掲載された新聞に書評された本(2019年6月下旬〜7月上旬)13点の所蔵数(分館を含む)と貸出数を調べ、さらに小山市立図書館と日野市立図書館の蔵書数と比較したものである。

ベストリーダー*という表現は公共図書館関係者が好んで用いていたもので、貸出数の多いタイトルのことである。それに対して新聞書評された本は教養書、専門書が取り上げられやすいので、比較するために取り上げた。土浦市に対して、小山市(栃木県)と日野市(東京都)の図書館を引き合いに出したのは、人口規模が類似していることと、東京都心からの距離が近い大都市近郊という意味合いで近似性があるからだ。だが、小山市は似ているだろうが日野市は明らかに東京のベッドタウンとして発展したところで都市としての性格を異にするし、何よりも「市民の図書館」のモデルとされるところであるので、そのモデルとの関係をみる意味を含めて選択した。

まずベストリーダーだが、ここに上がっている著名作家の文芸書について3館とも手厚く複本をもって提供している。土浦が10タイトルに対して55点、小山が67点、日野が167点の蔵書であった。日野が土浦の3倍の蔵書(複本)をもつことが目を引く。このあたりは図書費の相違、複本提供の方針の違い、住民構成の違い、分館・地域館の設置密度、図書館サービスの歴史的な定着度などの要因を考えなければならない。土浦と小山を比較すると小山の方が複本が多い、図書費が少ないのに複本が多いからこうした貸出が多い本を土浦よりは積極的に提供しているのだろう。また、新聞書評になった図書については、土浦と日野はほぼすべての本を所蔵していたが、小山は5タイトルのみだった。こうした本の貸出であるが、土浦ではすべて貸出なしであり、小山と日野で1冊のみであった(赤字が貸し出されている本)。

以上の結果をどのように解釈したらよいだろうか。土浦と小山を比較すると土浦の方が図書費を多くもちベストリーダー以外の教養書・専門書にも配慮していることがうかがえる。日野はさらに図書費が多くどちらも手厚く提供しているということができるだろう。土浦が専門書にも配慮していることはこれで明らかになったが、ここでは全国紙の書評に取り上げられた図書という縛りをかけているので専門書の一部にすぎない。専門書は価格が高く読者は限られるのでまんべんなくということは難しいが、書評という篩いは有効ではあるだろう。あとは、図書費の金額次第ということができる。また、図書館の書架および書庫のキャパシティの問題もあるかもしれない。土浦の中央図書館はまだできて間もないので余裕があるということも言えるだろう。こうしてみると、ベストリーダーも教養・専門書もどちらも入れている日野市立図書館がすぐれた実践を継続していることを確認できたということができる。

利用が多くない資料を入れていることについては別に議論しなければならないだろうが、ひとまず、こうしたものはいずれ利用されることを待っているアーカイブ的な蔵書と考えるべきである。アーカイブに対する考え方は拙著を読んでいただきたい。また、この簡単な調査からも、土浦市立図書館の蔵書はバランスがとれたものといってよいのではないだろうか。


*ベストリーダーという言葉に関する補足

ベストリーダーとは、best sellerから連想してつくった用語だろうが、和製でそれも図書館界でしか通用しない言い回しだし、英語としては誤用だろう。best readerは最良の読み手あるいは最良の読み本(教科書)という意味になり、たくさん読まれたという意味にはならない。sellもreadも対象はbooksであり、well sell/ well readからの派生と考えられるが、「よく売る」とはたくさん売ることであるのに対し、「よく読む」のはよい本を適切に読むことである。たとえばHe's well‐read in history.という用例があるが、これは、歴史の本をよく読んでいるという意味で、歴史に精通していることになる。あきらかに本を売るのは商人であり、本を読むのは読み手である。売る行為と読む行為は主体と目的が違うのである。近代ヨーロッパで本が印刷術によって普及した時期は、資本主義の発展期であると同時に知識人による学術、科学、ジャーナリズムなどの発展期であったから、出版関連のことに関しては経済行為であるとともに知的行為であるというような区別があった。これは現在でもそうである。日本の図書館関係者がベストリーダーという言葉をつくったのは、公共図書館の発展期が新自由主義が昂進し図書館が経済行為に近いところに位置付けられた時期だということをいみじくも示している。




2021-12-26

国立国会図書館デジタルコレクションの凄さ

日本のデジタル化が遅れているという認識の下に、国がデジタル庁をつくって音頭取りをするというご時世だが、国がやっているデジタル関係の事業で文句なくすばらしいと言えるものは国立国会図書館(以下NDL)のデジタルコレクションのサービスである。これは私が同館に関わりがあることを差し引いても断言できる。そしてこれが来年からさらに拡張されて、誰もが来館せずにネットアクセスできることになっている。このことはあまり知られていないのでここで自分で利用した体験を含めて紹介してみたい。

これまでのデジタルコレクション制度の概要

国立国会図書館は国の唯一の法定納本図書館である。法定納本制度は、国内で新しい出版物を出したらそれを同館に納入することを出版者に義務付けるものなので、同館には国内出版物が網羅的に所蔵されていることになる。もちろん実際には出版物の定義の問題があるし、制度の実効性の問題があり、納入されていないものもかなりあるのだが、主たるものは入っていると考えてよい。

そこでこのデジタルコレクションサービスとは何かというと、NDLが法定納本制度ほかの方法で収集した資料(図書、雑誌等)のなかで絶版になったものを保存目的でデジタル化し公衆に向けて公開(公衆送信)するものだ。デジタルコレクションのページはここある。このページでキーワードを入れてみてほしい。そのキーワードを含む書誌データ(目次に含まれるメタデータ(文字列)も含む)が検索される。

デジタルコレクションのトップページ










これは2012年の著作権法改正(31条2項、3項の新設)で可能になった。概要は次のとおりである。全体の正確な条文は他を参照してほしい。

2項 国立国会図書館において、図書館資料の原本を保存し公衆の利用に供するため、又は絶版等資料を自動公衆送信(送信可能化を含む)に用いるためディジタル化することで記録物を作成できる。

3項 国立国会図書館は、絶版等資料に係る著作物について、図書館等又はこれに類する外国の施設で政令で定めるものにおいて公衆に提示することを目的とする場合には、前項の規定により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて自動公衆送信を行うことができる。この場合において、当該図書館等においては自動公衆送信される当該著作物の一部分の複製物を作成し、当該複製物を一人につき一部提供することができる。 

要するにNDLは資料保存や絶版等資料の提供のために資料をデジタル化し、絶版等資料のデジタル化したものを図書館に公衆送信して利用者に利用させることができるし、コピーの提供もできるということである。

第2項はそのなかで絶版になったもの、つまり、市場で入手できなくなったものをデジタル化することが可能なことを規定している。 こうして絶版等資料(図書・雑誌・博士論文等)の網羅的デジタルコレクションがつくられている。そして、第3項はそれを公衆送信することで図書館等の機関で公衆に提供できることが規定されている。

ところで、インターネットでNDLのデジタルコレクションが見られるのは著作権の保護期間が過ぎたことが確認できる一部にすぎない。現在デジタル化資料が約276万点あり、うち55万点がインターネット公開、 約152万点が図書館を通じての利用、 約55万点がNDLの館内利用ということである。だから現在は図書館への公衆送信を利用しないと多くのデジタル資料は見られないことになる。

図書館でデジタルコレクションを利用してみた

これまで、図書館への公衆送信のものが利用できるとかNDLに行けば全部を見ることができるということは知ってはいても、利用しようという気にはなれなかった。それは身近に紙ベースの図書館がありそれを使っていれば事足りていたからである。ところが、以前から、戦後の占領期の図書館制度や戦後新教育の研究などをやっていたのだが、改めてこれを見直そうと思ったときにこのデジタルコレクションを使えるのではないかと考えた。それで先程のページで検索をかけてみて驚いた。これまで、WebOPACやCiNii Articlesなどで検索して数十の文献しかヒットしなかったものがいきなり数百のオーダーでヒットしたからである。

その理由はすぐに分かった。従来の図書館の目録は図書を検索し、CiNii Articlesは雑誌論文を検索していたが、今では両者を同時に検索することができる。しかし、デジタルコレクションの強みは図書に含まれる目次単位のメタデータが検索対象になることである。文献資料には、論文集とか全集・著作集、講座ものなど複数の人が寄稿する集合的な著作物がある。これらにある個々の論文・記事は目次で示されるが、これを著者名付きで検索できるようにしたことがこのシステムの大きな特徴である。従来、これらは表示されることはあっても正式な検索の対象になることはあまりなかった。最近の出版関係の書誌データベースで目次情報がついているものは多いが、著者名まで入っているものは少ないし、それを著者名という特性で検索できるようにしているものは少ない。NDLのデジタルコレクションはこれを入れて著作内の個々の文献の著者名検索を可能にしている。それにはNDLの長年の書誌情報作成のノウハウが生きていると考えられる。

下が「深川恒喜」(戦後の文部省で最初に学校図書館行政を担当した人)で検索した例である。ここには個別に図書館で探せばコピーできた資料もあるが、この検索で初めて存在を知った資料もかなり含まれる。特に「目次」とあるものはNDLがデジタルコレクションを作成する際に入力したメタデータであり、これに助けられている。

「深川恒喜」での検索例

それで多くの文献がヒットすることは分かったが、このコンテンツを利用するためには図書館に行かなければならない。現在これが使える図書館は全国に1250館ほどあるらしい。公立図書館でも中央図書館的位置づけのところならたいていは使えるようだ。ということで、行きつけの市立図書館に行ってみた。3階に専用の端末が置いてあり、そこで使用したい旨を告げるとすぐに使えた。これにより一気にデジタル化資料276万点中の207万点が使えるようになった。使い勝手はすごくいい。検索画面は分かりやすく、検索レスポンスは速い。また、検索結果の画面は見やすい。コンテンツを見ようとすると瞬時に表示してくれるし、見開きのページを拡大縮小するのも楽だ。表示をタイトル順や出版年順に並べ直すことも、別のページに跳ぶことも容易にできる。もちろん、戦後まもない頃の質の悪い紙に印刷してあるので色が変わっていてその意味では読みにくいがこれは仕方ないだろう。NDLのそもそものデジタル化の目的はそうした資料を保護することにあった。プリントしたければ著作権法の範囲で可能で、ページ番号を知らせれば手作業で職員がプリントしてくれる。プリントの質を自分で調整する機能もついている。ということで、ソフトウェア技術の進歩に驚かされた次第。

後日、NDL本館に行ってこれを使ってみた。本館の1階のかつてカード目録が並んでいたエリアは全て端末が並んでいて壮観だ。本館全体で370台の利用者端末があるそうで、そのうち1階エリアに何台あるのかは不明だがその半分くらいはありそうだ。そこで他の図書館と同じように使用可能だが、ここで使うことにはさらに2つのメリットが加わる。ひとつは、NDLでしか見ることができないデジタル資料のコンテンツを見ることができることだ。もうひとつはプリント機能が自動化されていて自分でページを選択してプリント請求をすることができ、最後にまとめてプリントアウトを入手できることだ。料金は若干高い(といっても白黒A3までなら1枚17円)が使い勝手はいいし、時間がかからない。受け取るための待ち時間もあまりない。

デジタルコレクションの一般公開

今のところこのようなサービスはNDLないしは最寄りの図書館に行かなければ受けられない。だが本年度の著作権法改正により、来年より利用登録すればどこからでもこのコレクションにアクセス可能になるという制度改革が行われた。細かいところは省略してどのような制度改革が行われかを見ておこう。同法31条3項の改正と4項から7項の追加が行われたのであるが、法改正の際の説明資料がわかりやすいので、そこからコピーした図を使って説明する。朱字の部分が今回の改正で可能になるところである。要するに、図書館に行かないと見ることができなかった資料を利用登録さえすれば自宅からでも自由に見ることができるし、プリントもできるというのである。





利用できる資料の範囲であるが次のようになっている。












一般に入手困難であるとされる資料に限定されるのは、もともと資料保存対策から始まっているからである。NDLでは民間の商業出版やサービスに影響を与えないことを優先してこれを実施しようとしている。だから、商業雑誌、コミック、すでに出版されている博士論文をここに含めることは予定されていないようだ。著作権の保護期間が2018年より50年から70年に伸びた。ということはネットで自由に利用可能になるには著者の死亡後70年過ぎなければならないことになり、1968年までの著作物が2038年になってその後1年ずつ保護が解けることで著作権切れ著作物が増えていくことになる。

だから、この事業の価値は著作権が継続する資料群のなかで「絶版等資料」をできるだけ広い範囲で認定することにあるだろう。現在の書籍出版においてはたいてい電子データが作成されるから、電子書籍化が作成可能である。そうなると常に入手可能になるからここでいう「絶版等資料」の範囲は狭められることになる。現在、商業出版社はそのことを想定して電子書籍の開発を進めており、だからこのようなNDLのデジタルコレクションの動きにも反対していないのだろう。つまり、商業出版と図書館の役割の分担は今後も続くことが前提になっていると思われる。

とはいえ、この新しいシステムは人文社会系の研究者のみならず一般の人も含めて20世紀に出た書籍のかなりのものが自宅で読める可能性をもたらす。紙資源をデジタル化してアーカイブ的活用することで重要な貢献となるものと思われる。願わくは、これが一般公開されたときの使い勝手やレスポンスなどにおいて現行レベルのものが保持されることだ。今回、じっくり使ってみて素晴らしいと感じたのでのまま使えるようになってほしい。



2021-12-23

『地域資料サービスの展開』『地域資料のアーカイブ戦略』の刊行

新しい本が出ました。蛭田廣一さん編の地域資料に関する2冊の論集です。前に書評した同氏著『地域資料サービスの実践』の続編で、2冊でデジタルも含めた地域資料実践の全体像が把握できます。このなかの2冊めの最後の第7章「図書館の地域アーカイブ活動のために」を書きました。

個人的には2冊めのタイトルが「アーカイブ戦略」となっているのが気に入りました。デジタルアーカイブ戦略ではないのですね。デジタル戦略はその前のアーカイブ戦略がなければ立てられないことは明白です。しかし、デジタルがいろんなものを動かしていることも事実で、そのあたりの戦略論は山崎博樹さんの第1章を読むといいと思います。

JLAのHPからとりましたが、著者名を補っています。なぜ、こういう目次に著者名がないのか。誰が書いているのかは大事な情報でしょうに。このあたりに公務員職場特有の職務著作と個人著作の区別がはっきりしていない体質が現れています。専門職は自分の責任で仕事をすべきだからその範囲でどんどん書くべきなのにと思います。目録規則の「責任表示」という概念は個々の章にも適用すべでは?


『地域資料サービスの展開』(JLA図書館実践シリーズ 45)

著者・編者:蛭田廣一編

発行:日本図書館協会

発行年:2021.12

判型:B6判

頁数:240p

ISBN:978-4-8204-2110-8   本体価格:1,900円

内容:2019年に刊行された『地域資料サービスの実践』(JLA図書館実践シリーズ41)をさらに進めるため,同書の著者がさらに踏み込んで2冊の書を編みました。そのうちの1冊が,各図書館等の実践事例を集めた本書です。いずれもそれぞれの地域特有の資料を丁寧に掘り起こし,保存・提供しようとする強い意気込みを感じることができます。地域資料への熱い思いをいだく図書館員の実践と経験が豊富に紹介された書籍です。


【目次】

1章 置戸町図書館の資料とデジタルアーカイブ(今西輝代教)

2章 調布市立中央図書館の組織化とサービス(海老澤昌子、武藤加奈子、越路ひろの)

3章 地域と紡ぐ地域資料-桑名市立中央図書館の地域資料サービス(松永悦子)

4章 モノと資料から考える今と未来-瀬戸内市の地域資料サービス(嶋田学)

5章 都城市立図書館の移転と貴重な未整理資料(藤山由香利)

6章 秋田県立図書館の120年とこれから(成田亮子)

7章 岡山県立図書館の魅力発信と「デジタル岡山大百科」(神田尚美、隈元恒、佐藤賢二)

8章 沖縄県立図書館の取り組みと移民のルーツ調査支援(大森文子、原裕昭)


『地域資料のアーカイブ戦略』(JLA図書館実践シリーズ 46)

著者・編者:蛭田廣一編

発行:日本図書館協会

発行年:2021.12

判型:B6判

頁数:160p

ISBN:978-4-8204-2111-5   本体価格:1,700円

内容:2019年に刊行された『地域資料サービスの実践』(JLA図書館実践シリーズ41)をさらに進めるため,同書の著者がさらに踏み込んで2冊の書を編みました。そのうちの1冊が,地域資料の収集・保存だけでなくデジタルアーカイブとして市民に広く公開する実践事例を集めた本書です。いずれもそれぞれの地域特有の資料を丁寧に掘り起こし,保存・提供しようとする強い意気込みを感じることができます。地域資料への熱い思いをいだく図書館員の実践と経験が豊富に紹介された書籍です。

1章 地域資料とデジタル化(山崎博樹)

2章 地域住民と協働したデジタルアーカイブ(西口光夫、青木みどり)

3章 学校教材としての地域資料のデジタル化(新谷良文)

4章 地域資料のオープンデータ化と活用(澤谷晃子)

5章 デジタルアーカイブ福井の展開(長野栄俊)

6章 民間資料の保存をめぐる現状と課題-多摩地域を中心に(宮間純一)

7章 図書館の地域アーカイブ活動のために(根本彰)


2021-12-01

図書館サービスの経済学のために

3回続いた『図書館雑誌』巻頭の「窓」欄の最後の回(2021年9月号)は、「図書館サービスの経済学のために」です。このテーマは以前から関心をもっていたもので、とくに出版流通との関係を考えるときに避けては通れないものです。

なお、このテーマで年明けに別の記事をアップする予定にしていますので、お楽しみに。



2021-11-25

国立歴史民俗博物館企画展示「学びの歴史像ーわたりあう近代」

先日 午後、千葉市に行く用事があったので、朝早く出て朝の一番に佐倉の歴博に入った。昔、できてまもない頃に一度行ったきりなので、たぶん30年ぶりくらいになる。企画展示(「学びの歴史像ーわたりあう近代」)があって日本の近代化の過程で「学び」がどのように位置づけられたのかがテーマとなっていたので、ぜひ一度見ておきたいと思い行ってみた。というのは、『アーカイブの思想』で幕末から明治にかけての知の制度化の歴史を概略おさらいしたから、このテーマは現在、もっとも関心が高いものの一つであるからだ。

結論からいうと見ごたえは十分にあった。全体が6つのパートに分かれている。

第1章 世界と日本の認識をめぐる〈学び〉

第2章 明治の文化・教育と旧幕臣

第3章 博覧会がめざした「開化」「富国」

第4章 「文明」に巣くう病

第5章 アイヌが描いた未来

第6章 学校との出会い

このなかでとくに関心をもったのは、第1章の「世界と日本の認識をめぐる学び」と第5章の「アイヌが描いた未来」である。これらを中心に紹介するが、第2章では旧幕臣や洋学者も含めて新しい明治政府の行政府や学問所に登用されていく過程が描かれる。第3章は西洋にならった博覧会が新しい文明のサンプルを展示して普及させる場として機能したことを示す。第4章は伝染病や感染症が従来の隔離から西洋医学の対象となっていく有様が語られる。第6章は、寺子屋ではない学校に西洋式の体操や唱歌が入ったり、奉安殿がつくられることで学校が村において果たす役割が分かる。

第1章「世界と日本の認識をめぐる〈学び〉」は幕末に、日本人が世界や日本についての知識をどのように獲得して深めたのか、また欧米の人々がどのようにして日本をめぐる情報を獲得し蓄積していったのかを、言語資料と地理情報によって見ている。言語については、ヨーロッパ系の情報がオランダ語と漢語を経由して入ってきたことが示される。最初はオランダ語だったものがその後、英語とフランス語になるというのも地政学的には納得できるが、ヨーロッパの情報が漢語を通じて入ってきたというのも知識としてはあっても、それを示す漢文資料を見ると納得させられる。鎖国によって間接的にしか情報が入ってこなかったのが、直接欧米生活を体験した福沢諭吉が『西洋事情』を書いて活躍する時代になると、彼の書いたものの偽版が出回り、彼ができたばかりの明治政府に対して取り締まるように訴える書状を出したというのもおもしろい話しだ。その間にそれほどの時間の経過はない。急激に外国の情報が入ってきてそちらにシフトしていったことを意味する。

それと地図上に示された日本人および外国人による日本国土と海岸線の描き方が面白かった。伊能忠敬が実測量によって描いた地図は幕末に外国人にも伝えられる。しかしヨーロッパ人は伊能図前にもかなり正確に日本列島を描いていたことを示す地図(ク―ゼルシュテルン図)が残されている。また、ペリーが下田に来たときにつくった海港図とその翌年に来航したロジャーズ艦隊の海港図を比べるとはるかに精細度が上がっているというようなものである。そして19世紀後半にはヨーロッパ人はかなり正確な日本近海の海図を作成していた。また、1871年(明治4年)には長崎と上海を結ぶ海底電信ケーブルが引かれ、日本は大陸と電信線でつながれた。陸上も東京までつながっている。岩倉使節団が明治政府との連絡に使用したという話しもあった。このように西洋のアーカイブに残された地図や海図が描き出す日本像を通して近代化の過程を示している。

第5章「アイヌが描いた未来」であるが、まず民族としてのアイヌは言うまでもなく、蝦夷地(北海道)だけでなく沿海州、アリューシャン列島、サハリン、千島にかけて幅広く住んでいた人たちを指す。それが19世紀後半になって国家による国境線が引かれて分断されることになる。蝦夷は北海道と名前を変えて、明治政府は開拓使を置いた。「内地」からの移住者が「開拓」していった際に、先住民としてのアイヌは居留地を限定され、日本への同化を余儀なくされる。その際に、入れ墨の禁止や日本語の習得の強要が行われる。なかには東京に集団で移転させられて学校で日本語を学び農業に従事することを強いられた人たちもいた。アイヌは文字をもたない民族だったが、日本の近代化の過程に取り込まれることによって、「学知」を習得し自らの権利や文化の保存を試みる人たちもいた。それらの記録が展示物で表現される。アイヌ語をカタカナで保存する試みはその後現在まで継続されている。

感想(1) テーマについて

展示は6つの章が別々の観点で別々の展示を行っている。展示の責任者や資料の出所が全国の博物館や図書館、文書館に渡っている。たくさんの研究者による異なる切り口から、幕末から明治への転換点において知的な分野がどうであったのかを描き、それらによって新しい近代像を表現しようとしている。第1章と第5章はその意味で外部の眼が強調されていたところであり、その意味で従来にない視点のおもしろさがあった。

展示テーマの副題が「わたりあう近代」とあるのにはいろんな意味を込めているように思われる。たとえば6つの章がそれぞれ扱うのは幕末から明治、大正、昭和前期にかけて「学び」に関わる多様な側面であるが、それらがばらばらに作用しながらも全体として日本の近代を形成しそれが一つの国家をめざす過程のいずれかの要素となったという意味合いがあるだろう。また、個々の章のなかでも複数の要素や観点が検討されるわけで、それらがやはり近代化の像が多様にありまた、地域や時代によっても多様に展開したことが見て取れる。どちらにしても、「わたりあう」という言葉は「よりあわさる」とか「まとまる」の対義語であり、国民国家形成が多事争論のなかにあり、簡単にひとつのものがつくられたわけではないことが主張されているように思われる。

感想(2) 展示の手法について

博物館の特別展を見ることは少なくないが、通常、モノの展示が中心になる。美術、歴史、考古学、民俗学いずれにしても、作品なり歴史的事物なり、遺品なり、出土物なりのモノを見せそれに解説をつけることで展示企画がなりたつ。さらには建物や室内の復元、舞踊や歌、朗読のようなパフォーミングアーツのビデオや音声の再生などの手法も用いられる。しかしながら、「学びの歴史像」というのはそれ自体がやや抽象的なテーマであり、とくに近代知とか学知といったものを展示しようとするとき困難に突き当たる。それが絵や地図、写真で表現できればまだわかりやすい。上に紹介した地図や海図のようなものはいい。けれども「知」を表現しようとするとどうしても、書物のページや文書のようなものが多くなり、文字を読むことが必要になる。もちろんそれを補うべく、絵図、図版や写真と組み合わせたり、音声の記録やビデを見せるなどの工夫があるが、図書館の展示と同様、文字が多いとだんだんと見ていくのがつらくなっていく。これは言葉で知を伝えるという本質的な作用につきまとう困難さだろう。

おもしろかったのは、「蛍の光」がもともとはスコットランドの民俗歌謡(Auld Lang Syne)であったものを宣教師が世界各地にもたらし、それぞれの土地で賛美歌、学校唱歌、軍歌、流行歌などに変容して歌われていったという話しである。日本に来る伝道のルートとして、スコットランド人がアイヌに伝えて歌われたものや、19世紀はじめにアメリカに渡りそれが明治期に日本に伝えられさらに台湾や中国に伝わったものがあるという過程があり、それが地図上で示されている。また、この歌の歌詞と楽譜が示され、元歌、日本、韓国、中国でどのように歌われているのかを聴くことができる。学知といってもこうした人間の行為として見たり聞いたりすることで興味を引くことができる。

改めて、こういう企画を立て、資料を集め、配置し、展示として解説し、さらに解説本を書いて出版するのはたいへんな事業だと感じた。だからこそ、こういう企画展示は多数の博物館等の資料を借り、またそれらの博物館のキュレーターが関わって成り立つ。だが、展示が終われば返される一時的なものである。アーカイブ機関としての博物館企画のアーカイブという意味で、解説本は残されるとしてもそれで十分なのかという疑問も残った。特別展から新しい本が書かれたり、展示にあたった人たちが研究チームを継続することもあるがそれは稀なケースだろう。しかし展示として終了させざるをえないのだからもったいないと感じたことも確かである。



2021-11-14

IBDPの「知の理論(TOK)」「課題論文(EE)」が図書館情報学に示唆するもの

 本日(2021年11月13日)の三田図書館・情報学会研究大会で表記の発表を行った。オンラインでの画面共有ができず、皆さんに助けていただきながらの発表だった(冷汗)。司会の福島幸宏さん、事務局の宮田洋輔さん、助け舟を出してくださった池谷のぞみさんには感謝申し上げたい。

ここでは、予稿集の原稿パワーポイントのファイル(読み上げのノート付き)をダウンロードできるようにしておく。今回、発表時間が15分しかなかったので原稿を読むことにした。ほぼ読み上げノートと同じ内容の口頭発表を行っている。

質疑でのやりとりについて、一部補足しながら再現しておきたい。

1)強調したい点などがあったら補足していただきたい。

 予稿集の原稿で強調したが口頭であまり触れられなかった点として、国際バカロレアのカリキュラムは西洋の知的伝統である人文主義(フマニタス)の思想をそのまま継受しているが、図書館情報学も同じ系譜のなかで生まれ発展したことがある。つまり両者はルーツを共有していると言える。今回、こういう発表を行ったのはこの共有したものどうしの相互関係が、国際バカロレアの学校図書館問題という形で現れていると思われるので、関係を見ることにした。

2)国際バカロレアのカリキュラムは個々の国の学校で実際にどのように展開されるのか。同じようにはできないのではないか。

 知の理論(TOK)のなかの知識領域に「土着の知識体系」というのがある。あまり訳がよくないと思うがこれはvernacular knowledgeの訳語と思われる。こういうところで、それぞれの土地の事情のようなものが扱われるけれども、それ以外は国際的に共通のカリキュラムとなっている。国際的な高大接続をうたうのでできるだけ統一的に扱うことが重要だということだ。(補足:IBの課程認定はかなり厳密な規準があり、IB本部からの委員が現地視察とインタビューも行う。また、5年おきに再認定になる。ちなみに図書館員へのインタビューを行うこともあるという。)ただし、本当にここで説明したようなカリキュラム運営がどれだけできるのかについてはまだ十分に把握はしていない。とくに日本の一条校の学習指導要領に基づくカリキュラムとはかなりの違いがあるから、日本の学校で実施するのはなかなか困難になるのではないかと思われる。(補足:だからこそ、このカリキュラムが文科省の音頭取りで導入されたことは驚きだし、それが日本の学校にインパクトを与えるのではないかと期待している。)このことについて、今回翻訳したアンソニー・ティルク氏の著書で、国際的に見ても教育学と学校図書館学(school librarianship)の交流があまりないことが指摘されている。発表で述べたように、TOKやEEのかなりの部分は図書館情報学の課題と重なっているので、この分野の研究や実践がIBDPにも影響を与えうると考える。

3)TOKの数学の授業の例があったが(スライドの6〜10)、これは一般的な数学とどのような違いがあるのか。本当にこういうものを実施しているのか。

 TOKの知識領域と教科科目とは区別されている。(補足:予稿集ではTOKと教科科目にある哲学との違いについて日本の先行研究があることに言及している。)教科科目は、日本の一般的な学校で実施している数学と方法的には違いはあっても内容的に基本的に違いはない。学術としての数学の入門コースである。それに対してTOKは、数的な認識や社会において数学がどのように使われているのか、数学の歴史といったものを学ぶ。スライド10に具体例があるが、フェルマーの最終定理がどのように着想されたのかのビデオを見るとか、「モンティホール問題」というテレビ番組で一見単純な数学クイズを出したら数学者もなかなか解けなかったという事例から数的思考を学ぶというようなことを行うようだ。ただ、こういう思考法や教授法に教員もどの程度対応できるのかという疑問は残されている。図書館情報学をはじめ諸学の知見を加えていけば、TOKはもう一つの知識理論として主張できるのではないかとも思える。


*補足:こうしてみると、IBDPのカリキュラムにはヨーロッパでかつてあったエリート主義的な高大接続の考え方が反映されていると思われる。大学のリベラルアーツの先取りということも言われる。ただこれはIBDPに限らず欧米に広くあるものだろう。フランスでは中等教育で哲学教育を行いバカロレアで哲学の論述問題を出して4時間かけて書くなどというのがその典型であるが、ヨーロッパ社会も移民が増え大衆社会化して、なかなかその水準を守るのはたいへんとも言われる。他方、徹底的に自らの思考を鍛えるという教育法自体が多くの人にとってプラスになるという見方もある。(坂本尚志『バカロレア幸福論:フランスの高校生に学ぶ哲学的思考のレッスン』星海社新書, 2018)

本日昼過ぎの学会シンポジウムで吉見俊哉さんが強調していたことに、日本の大学は学生も教員も忙しすぎるという話しがあった。授業科目数が多すぎるという話しである。これは小中高にも当てはまる。要するに西洋では思考法を学べば知識そのものは網羅的に学ばなくともよいという考え方であるのに対し、東アジアでは知識内容の網羅的な習得と再現が重要という、知識観の違いに基づくのではないか。発表のなかで、規制緩和で大学設置基準の図書館問題が議論になっていたが、この授業時間数の緩和がむしろ重要だと思われる。このことについては、私のテーマでもあるのでまた考察したい。

 






探究を世界知につなげる:教育学と図書館情報学のあいだ

表題の論文が5月中旬に出版されることになっている。それに参加した感想をここに残しておこう。それは今までにない学術コミュニケーションの経験であったからである。 大学を退職したあとのここ数年間で,かつてならできないような発想で新しいものをやってみようと思った。といってもまったく新しい...