一昨年出した『図書館教育論:学校図書館の苦闘と可能性の歴史』(東京大学出版会)が今年度の学校図書館賞論文賞(全国学校図書館協議会)と日本図書館学会賞を受賞したことを報告しておきたい。また,それぞれについて受賞者の言葉を公表しているのでここに再掲しておく。
一昨年出した『図書館教育論:学校図書館の苦闘と可能性の歴史』(東京大学出版会)が今年度の学校図書館賞論文賞(全国学校図書館協議会)と日本図書館学会賞を受賞したことを報告しておきたい。また,それぞれについて受賞者の言葉を公表しているのでここに再掲しておく。
2026年2月15日に立教大学にて,公開講演会「リヨン第三大学におけるドキュマンタリスト教員の養成」がありました。https://www.rikkyo.ac.jp/events/2026/02/mknpps000003dgyv.html
アンジェル・スタルデール氏(リヨン第三大学)と中村百合子氏(立教大学)による講演です。まずはいいお話しを伺いました。お二人の講師および主催者の皆様方,すばらしい通訳を務めてくださった方々に感謝申し上げます。参加しての感想を当日中に忘れないように書いておきます。
日本の戦後教育改革時の司書教諭養成がうまくいっていればこうなったのではと思わせるものでした。占領期に学校図書館を教育改革の柱の一つに据えるという動きがあり,当時の文部省もかなり真剣に取り組もうとしたけれども,占領政策の転換によりうまくいきませんでした。このあたりについて詳しくは,私が書いた『教育改革のための学校図書館』『図書館教育論』(いずれも東京大学出版会)を参照してください。
アンジェルさんによるフランスの話しを中心に書いておくと次のようになります。以下,講演だけでなく,終わった後の質疑および懇親会で伺ったことも合わせて,私自身の解釈を含めて記述しています。
1) フランスの図書館はフランスという国の成立(フランス革命の理念)と密接に関わっていること。
国民国家としてのフランスは1789年革命の理念に支えられています。例の「自由,平等,博愛」というやつですね。この理念は革命の主体たる「市民(シトワイアン)」の育成が目標になります。図書館はこの理念を支えるとともに,これが古代ギリシア,ローマ,ヘレニズム(アレキサンドリア図書館!)に発して,ルネサンス以降の近代的な価値を継承する際の重要なアクターとなっていることを示します。もちろん,フランスもたくさんの移民を抱えて,格差が大きくなっていることがあり,アメリカや日本と同様に移民排斥を主張する右派が台頭していることなど,たくさんの問題はあります。しかし,それは理性によって解決できるという考えがどこかにあり,それによって図書館(的なもの)が位置付けられています。
2) 学校図書館(CDI)の制度化は1980年代末期,ミッテラン政権時代の教育改革(ジョスパン改革)の産物であるが,今では学校教育にしっかりと根をおろしていること。
フランスで最初の学校図書館は1862年に設置され,その後,1947年にリセ(高等学校)に教員向けの図書館が設置されました。(これは同時代の日本の学校図書館制度改革でも教員向けの教材センターをつくる考え方があったので,同じ動きであることを示唆します。おそらく,アメリカ進歩主義教育の影響があるのでしょう。)1966年に生徒にとっても資料・情報資源へのアクセスの場となります。そして,1974年にドキュメンテーション情報センター(CDI)が成立し,「学び方を学ぶ」という理念が導入されました。さらに,1989年ジョスパン法による教育改革に位置づけられ,中等教育の学校に日本の司書教諭にあたるドキュマンタリスト教員(PD)の養成が始まります。CDIに「ドキュメンテーション」という言葉が入っていますが,これは,資料を仲介するための専門業務というような意味合いです。
1989年といえば,日本では中曽根内閣の臨教審のあとで,教育の自由化やゆとり教育が仕掛けられた時期で,日仏共通の政策課題も見受けられます。しかし,日本では学校図書館を位置づける考え方はあまりなかったのですが,時代の流れをみれば,そこらあたりから学校図書館法改正が現実のものになるので,同期しているといえるかもしれません。
3) ドキュマンタリスト教員(PD)もそのときに成立したもので,全国でリセ(高校),コレージュ(中学校)に11,000人いて,教員養成課程でしっかりと養成されていること。
フランスのPDは,アメリカのschool librarianと違い,教員養成系の大学に位置づけられています。そうしたPDが全国の中学校,高校にほぼ1学校に一人ずつ配置されています。教員養成系高等教育機関での学校図書館職員養成はフランス特有です。(ただし,今日,ポルトガルやブラジル,カナダのアルバータ州でもそうした事例があることを伺いました(須永和之さん,中村百合子さんからの情報))PDは,日本の戦後教育改革時に廃案になった「幻の学校図書館法」(1953年3月)で想定されていたものとよく似たものです。日本でも専任の司書教諭が法制化された可能性もあったのですが,もし実現されていればこうなったのではないかと思われるものです。
4) 今年の9月以降に,教員養成課程の制度改革があるが現行のものは維持されること。
フランスもまた中央集権的な政府をもちます。そして昨年,急に教員養成課程の制度改革が上から降ってきました。これは教員のなり手不足への対策ということです。(このあたりは日本と同じ状況です。)これまでは大学院における教員養成だったものが,どんな領域を専攻しても学士号取得者が採用対象となり,採用後に現場にいながら修士課程で学ぶのに変わるというものです。これは日本の教職大学院と似ていますが,日本の場合は教員免許をとって教員採用試験を受けて入った現職者が対象であるのに対して,フランスの新しい制度は資格なしに採用した上で修士課程で教育について学んで資格を付与するものです。養成課程全体も構造的な見直しをするようです。
新しい養成制度において,PDの養成も継続されます。PDの役割は,「読書振興の担い手,メディア・情報教育の推進者,情報文化の仲介者,情報活用能力の育成を担う教育者」というものです。そこで強調されるのは,PDが教科教員との協働により探究学習を推進することです。そのあたりの詳しいお話しも伺いましたが,いずれ主催者より資料と報告が出ると思います。
5) 今要請される学校教育の在り方(自らの判断ができる市民の育成)にとって,CDIやPDは大いなる力となること。
CDIやPDの政策的位置づけについて,個人的にアンジェルさんに伺いました。生成AI時代において必要とされるのは,フェイク情報のなかで自ら判断できる市民を育成するという課題について,これに応えるのはCDIとPDであるといういう揺るがない信念がありました。EU諸国で,16歳未満の子どもたちがSNSを使うことを禁止する法的措置が進められています。今日のお話しは,ヨーロッパでは子どもたちに無制限の情報シャワーを浴びせることへの危機感が強く,その対策として図書館や学校図書館,その専門職員の役割が大きいとされていることを強く感じさせるものでした。つまり,情報メディアリテラシー教育の担当者というものです。
また,フランスと日本でまったく違うように見えながらも,長期的視点に立てば,日本はフランスの後を追いかけているようにも思えてきます。今,日本でも探究学習が具体的なものとして実施されるようになっています。フランスでも探究学習が重視されるのはそれほど昔ではありません。何が違うのかというと,教育における「自由」とはなにかの捉え方でしょうね。
日本の学習指導要領は教員がやるべきことを列挙し,改革を進めるほどどんどん増えていくので教員にも子どもたちにも負担感が増します。探究学習も教員の負担が増えることが問題になっています。これまでやっていなかったことをやるのだから当然でしょう。教員が何らかの準備をすることは必要でしょうが,それの専門家として図書館員がいるという協働の仕組みをつくらないと負担感は変わらないでしょう。また,子どもたちが学ぶことを「負担」と感じるというところで自由が抑圧されています。
しかしながら,フランスの場合にはCDIを通じた探究的な学びは自由な学びの方法を獲得するための手段ととらえられているようです。日本でも,デジタル環境については同様の問題を抱えているので,探究学習と学校図書館をうまく結びつけることが重要でしょう。学びの場を広げ,多様な進路選択を可能にする方向での政策の検討は行われていますが,さらに学びの方法の部分で「自由」を位置付けることが課題だと思いました。
汐﨑順子さんから『子どもと本をつなぐ:子ども文庫と私立図書館』(玉川大学出版部, 2025)をいただいた。本書の基になった著者の博士論文(「子ども文庫が生まれる理由、続ける力、支える仕組み」)の審査に当たったこともあり、本書について思うことを書いてみたい。
子ども文庫は文庫の一種である。そこでまず文庫について考えてみる。
文庫を「ふみくら」と呼べばあくまでも私的に本を集める営為によって結果的につくられたもののことで、通常は文筆家や研究者、文化人と呼ばれる業績があった人が亡くなった後に、残された蔵書ほかの資料類を一括して保存・運用されたものを指すことが多い。文庫はその蔵書を故人の著作活動を研究するために公開し、また、故人の活動を顕彰する目的で展示物として公開する場合もある。文庫は公的な図書館に組み替えられたり、吸収されたりする例も少なくないが、文庫が図書館に入った時点でそれは文庫でなくなり、図書館の(特別)コレクションになる。
とすると、私蔵書と文庫と図書館は区別されるべきものだ。私蔵書は当該所有者が活動中、まったく個人的なものであるから、外部に公開されることは例外的な場合にしかない。これが文庫になると、当該故人の手を離れて遺族や関係者によって運用され、それが外部に開かれるがそれはあくまでも故人の業績との関係においてである。これが図書館に入るともうそれは全体のコレクションの一部であり、当該故人との関係はその人を研究する人が現れたときやその人を偲んで特別展をやるときに意識されるのみである。
では子ども文庫はどうであろうか。文庫は個人蔵書として始まるがまもなく読み手である子どもは成長して絵本を読まなくなるから、通常は私蔵書のままで終わるのであるが、親がこれを用いて継続して近所の子どもたちに提供しようという意思があったときに子ども文庫が始まる。その担い手は一般の市民であり、それが置かれる場も個人宅やせいぜい公民館等の公共施設の一角という点で日常的なものである。また、蔵書そのものがもつ固有の価値よりも、それを集め子どもたちに媒介する読み聞かせなどの行為が重要である。
本書は、子ども文庫を対象にその生まれる理由、継続していく原動力、そしてこれを背後から支える仕組みについて明らかにした。子ども文庫の存在はかつて世界にも類を見ないとされた。これがいかなる意味で他の文庫とも図書館とも異なる独自の存在意義をもつのか、また現在に至るまで、継続してきたのかが本書によって解明された。
本書の意義は第一に、子ども文庫が読書運動とも図書館運動とも異なる、「文庫運動」であることを解明した点である。この運動の中心的担い手は家庭の主婦であり、そうしたひとたちのまったくボランタリーな活動によって、自分の子どものみならず近隣の子どもたちを対象に日本の豊かなオーラルカルチャーを伝達する場として子ども文庫を運営した。この運動がめざすものは、本自体は伝達行為のツールにすぎず、よい本を読ませるよりも、本を媒介とした母親と子どものコミュニケーションの場の提供と子どもたちの読書習慣を身につけるカルチャーの普及にあり、実際にそのように展開した。
第二に、子ども文庫の活動は個人レベルの活動に終わらずに、時間的空間的に拡がっていった様子を記述して示したことにある。近隣の子どもたちに向けた家庭文庫は複数のものが合併したり、地域的な広がりをみせて地域文庫となったりした。ひとつの文庫が次の世代に継承される例もすくなくなかった。また、これを背後から支えるための組織的活動として東京子ども図書館ほかのものを生み出した。また、全国各地で図書館設置運動の原動力となった。さらには、慣れ親しんだ絵本・児童書をもって子どもに接する文庫活動で培われたノウハウはのちに、公共図書館の児童サービスの方法を確立する際の基本的な要素を提供した。制度的には作家や児童書出版社、図書館関係者を結束させる力となり、子ども読書活動推進法につながる動きの原動力となった。
第三に、そうした子ども文庫運動の複合的な動きの分析を通じて、これが子どもたちに対する豊かな言語文化、身体文化を提供するノウハウを世代的に継承させる役割を果たした様子を明らかにしていったことが挙げられる。通常の文庫が個人蔵書から始まり亡くなってからその人を偲び顕彰しあるいは研究する、あくまでも個人ベースのものであったのに対して、こちらは同時代的に外に向けて開放され、そのノウハウは友人関係や地域関係を通じて拡がっていく性質をもっていた。子ども文庫は単に個人蔵書を運営するノウハウではなく、そこには念入りに選択された蔵書の存在を前提として、これを子育てを豊かにするためのさまざまな活動に結びつけることで、同時に担い手が社会的な自己実現を図るための運動として機能したことが明らかになった。著者は、結論部分で日本が経済的に豊かな時代にあって、高等教育を受けた女性たちが日本の言語文化に基づく子育ての伝統を無意識のうちに継承・発展させた運動であったことを示唆している。
なお、本書の第3部で、著者は基になった博士論文の記述に加えて、岩手県陸前高田市において東日本大震災後に3つの子ども文庫が活動したことについて述べている。同館は大きな被害に合って、図書館は働いていた職員や利用していた人も含めて津波に飲まれて全壊した。その復興過程で全国から図書館、出版関係者がボランティアで支援を行ったが、そのなかに子どもたちに本を届けたり、地域復興の支援をするための活動が含まれていたことを記述している。
*
評者は著者の観点からは少々離れて、本書を通じて感じたことを次のようにまとめてみる。
まず、歴史的には文庫はあくまでも男性社会のカルチャーだったが、それを家庭文庫、地域文庫として女性が運営することは女性の社会進出に関わっている。これについては、社会学的観点あるいはフェミニズム的観点での研究も可能だろう。考えてみると、子ども文庫は要するに子育て体験の、ある特定部分のネットワーク的共有ということになる。ここには、母→子→孫という縦の時間軸的系列と「ご近所」や「友人(ママ友)」「地域コミュニティ」等々の関係で拡がる横の地域的つながりがありえる。子育てのノウハウの相互交換と地域的継承というなかに、子どもにとっての読書経験が重要という部分があり、これが文庫という形をとり、それは世代を超えて次の世代につながっていったと考えられる。
これは子ども文庫が、図書館のような公的領域の制度と異なる私的領域の核心にかかわっていることを示唆する。一般に、母子関係のなかで言葉を介したものがベースになって「母語」が生まれるとされる。今、乳幼児のオノマトペ(喃語)が言葉の獲得そして知的発達と密接な関連をもつことが議論されている。絵本はこれを媒介するツールである。おもちゃやテレビやビデオ、ましてゲームやスマホではなく、絵本は絵という直截的な視覚情報のみをもとにして、読み手が言葉と口調、抑揚、視線、身振りで媒介する際に、読み手と聞き手が経験をそのまま共有できるものである。そこに次の段階の関係が生まれる余地が生じる。
本書は、子ども文庫が母親たちの絵本・児童書の選択・収集・読み聞かせから始まり運動として社会的に広まったことのもつ意義を解明している。著者は禁欲的に子ども文庫の在り方とその拡がり方を記述することに限定しており、最初からその社会的意義を声高に解釈するようなことはしていない。子ども文庫活動がもつ教育心理学的な意義を検討したものでもないが、それでも、運動が継承と拡がりをもち、図書館の児童サービスにもつながっていったもっとも基本的な理由にこうした女性たちの無意識の行動があったことを示唆している。次のより分析的な研究のための枠組みの提供と論点の整理をしたことが最大の貢献である。
年末にお遊びでオープン化されている翻訳テキストを比較してみた。取り上げたのは、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(1865)である。この世界的に有名なお話しの由来や評価については多く書かれていて、Wikipedia日本語版にも適切な記述がある。キャロルは本名チャールズ・ラトウィッジ・ドドソンというオクスフォードの数学者のペンネームで、お話しは知人の娘に語ったものを基にしている。そこには、ビクトリア調の気難しい教訓的なものとは異なった奇抜な発想と諧謔味、そしてふんだんに言葉遊びが散りばめられている。
この言葉遊びは翻訳者にとってはなかなか困難な壁であるが、腕の見せどころということもできるだろう。Wikipedia には1998年段階で、続編『鏡の国のアリス』を含めたアリスのシリーズの日本語訳が150種類あるとされている。改めてNDLサーチのタイトル検索で「不思議の国のアリス」を引くと237点あることがわかった。このなかには同じ訳の出版社や形態を変えた別ヴァージョンや絵本、翻案、対訳版、コミック版なども含む。また、これに含まれない(つまり納本されていない)オープンデータの翻訳もある。
ここでは、NDLデジタルコレクションと青空文庫などにあるオープンデータ版の『不思議の国のアリス』から、ネズミの長い尻尾を見てアリスが思いつく話しが語られるシーンを見てみよう。このシーンは、アリスが白ウサギを追いかけ穴に落ちてから、自分が流した涙の池に落ち、衣服を乾かすために徒競走をした後に出会ったネズミと話しをしているところである。最初の頃の1869年マクミラン社バージョンでは次のようになっている。
https://dbooks.bodleian.ox.ac.uk/books/PDFs/590306858.pdf
オクスフォード大学ボードリアン図書館のコレクションでGoogle Booksのスキャンによるものである。
丸山英観訳 年をとってずるいヤマイヌ
菊池寛, 芥川竜之介訳 年をとったずるい犬長沢才助訳 老獪至極ののら犬岩崎民平訳 そこはぬからぬ野良犬どん楠山正雄訳 年とってずるいヤマイヌ石川澄子訳 したたかもののフュウリーが甘くみられてたまるかと福島正実訳 ずる賢いのら犬山形浩生訳 ずるい老犬大久保ゆう訳 うらかく犬ころ

適切に機能する図書館と適切に機能する情報サービスは、すでに表現されているニーズを満たすだけでなく、そもそもこれらのニーズを認識して表現できるようにするプロセスの一部である。理想的には、情報システムは、利用者の情報ニーズに関して能動的に行動するべきであり、つまり、クエリ表現される前にニーズを認識する必要がある。
この書評は、Amazon.co.jpの当該書のカスタマーズ・レビュー欄に投稿したのだが、投稿後5日ほどになるのにアップされなかったのでこちらにも掲載した。遅れた理由はよく分からないが、アマゾンではそんなものなのだろう。1週間くらいでようやくアップされていた。その間もその後も、こちらを少しずつ書き直したり書き足したりしているので、ふたつの書評は同じではない。こちらが最新ヴァージョンと理解されたい。
中尾茂夫『情報敗戦ー日本近現代史を問いなおす』筑摩書房(筑摩選書) 2025年4月刊
★★★★☆
--------------------------------------------------------------------------------
ポスト団塊世代に属する国際経済学者による近代日本論。評者は、今回、初めて著者の本を手にとった。著者と接触をもったこともない。同年生まれで、同世代の社会科学者の世界と日本への眼差しに親近感を覚えたのが読んだ理由である。とくに、かつてカレル・ヴァン・ウォルフレンの『日本/権力構造の謎』(1990)を読んでこういう外部からの視点が面白かったこともあり、本書もそれが手がかりの一つになっているから期待して読み始めた。
以下、感想を書くが、どうも批判的な調子で展開することが多くなってしまった。しかし、基本的にはたいへん参考になった本として星4つとしている。でなければ、わざわざ書評を書いたりしない。自戒を込めて言うと、世代的なものなのか、同意できるところが大いにあるはずなのにそれはあまり強調せず批判点ばかりを書き連ねる傾向がある。その点で著者のアプローチと似ているとも感じている。そのことは本書そのものの評価とも関わっているのかもしれない。
今、インバウンドが大挙押し寄せて日本を気に入る人も多いとされるが、本書を読むとその原型がすでに知識人の論として仕込まれていることがわかる。日本へのアプローチについて知日派外国人の論はウォルフレン以外読んでいなかったので、かれらは外からきた内なる批判者になった人たちだろう。そして、ふむふむと読みながら、そうした論があくまでも外からの視線として扱われているところに限界もあると感じた。すでに日本は自らの内懐にそうした異論を溜め込み発動させつつあるのではないか。そのことはこれから書くことに関わる。
そこで明らかにされるのは、日本は江戸開府以来、現代に至るまで西洋的な近代化とは別の道を歩んでいるということである。そこでは、あくまでも国家的な秩序意識を保つために、維新以降は神権的政治体制を選択し、戦後は「アマテラスのアンクルトムによる代替」(ハルトゥーニアン)によって、アメリカの軍産複合体制への隷属のもとにある。この隷属構造が隠されていることが重要である。それをマーフィは対米従属構図と名付け、「ワシントン⇒高級キャリア官僚&大手メディア&対米投資に熱心な大手財界人⇒政治家、という明確なフローチャートを提示し、この意思伝達経路に妨害が入るときは、検察と大手メディアの強力な結託でもって、当該者は攻撃され、排除される。」と言う(p.161)。だから、日本の論者は「イラク戦争もウクライナ戦争も、それが「ニチベイ」批判だと察した時点で、「言わぬが花」になる。」(p.181)
たとえば日米地位協定の存在などの対米従属の構造は知られていても、大手マスコミ、社会科学者、思想家、文学者はそれを表立って議論しない。その議論をすることが、大きなタブーに触れることになるかのごとく、いつの間にかないことにされる。そこでは政治も思想も幼児性が際立っていて、自らの主体的な判断や意思決定ができず、国際社会との落差がはなはだしいとする。われわれの世代が馴染んできたような戦後進歩主義(丸山眞男や加藤周一など)にも若干は触れているが、そうした政治思想史の正統にチャレンジする議論は避けているようで、唯一、明治維新についての羽仁五郎=井上清史観(封建勢力間の権力移譲説)を評価している。戦後改革も敗戦によって支配者が入れ替わっただけだから、日本はいまだ封建的中世から脱していないと主張しているようだ。ただし,江戸期を封建的中世とする見方自体がもう時代遅れかもしれない。
だが、依拠している歴史思想的立場はいささか古く、やはり西洋的な啓蒙思想そのものだろう。帯に「なぜ日本は負け続けてるのか?」とある。本書は、欧米の先進国に対して遅れてきた経済大国が今や落ちぶれているというような常識的議論ではなく、それも含めてそもそも「情報戦」において負けているという主張である。ここでいう情報戦の敗北とは、自らの国際的、歴史的立ち位置を十分に理解した上で適切な判断を下すような政治およびそれを支える官僚機構、そしてそこに影響を与えるジャーナリズムや思想、歴史、社会科学の思考がそろって戦えるはずのものが、不在のままだということを指している。だが、その議論を支える歴史認識の基調は、フランス革命からスタートする西洋の市民社会論であり、この啓蒙思想自体が有効期限切れになっている。本書ではサイードやアレント、トッドなども引き合いにだして、西洋vs.非西洋の図式を回避しようとしているのだろうだが、整合性のある議論にはなっていない。
これは別に日本だけの課題ではないし、手本だったはずのアメリカで、現職大統領が大統領選挙で負けが確定したときに民衆に連邦議会突入を指示するという、フランス革命を念頭においた前代未聞の事件が起こった後では、西洋型市民革命を根拠に政治思想は語れなくなったはずである。(もっとも後世の歴史家はこれをもって新しい革命思想の成功例とするのかもしれないが。)この本はアメリカだとバイデン政権、日本だと岸田政権の昨年までの状況を踏まえているが、ロシア・ウクライナ戦争、パレスチナ・イスラエル戦争、そして、第二次トランプ政権の誕生過程の思想的意義までをきちんと抑えていないので、今、急速にアメリカが国際舞台から撤退し、アメリカの覇権主義が支えていた20世紀の構図が変貌を示している状況に対応できていない。また、アメリカが保守とリベラルが互いの覇権を競っているという図式も、トランプの「ディール政策」以降途絶えようとしていることも重要である。これに対して,思想の全体状況が素朴な保守に回帰し、「未来に過去がやってくる」(辺見庸)事態への警鐘としているのだろうが、この書き方だと説得力がない。というよりも、むしろ反発を引き出すための議論展開をしているようにしか見えない。
個別には頷ける議論も少なくない。また、全体としても日本が東アジアの島国で中世以降独自の発展を遂げたという認識の枠組み自体は間違いではない。その枠組に適合する内外の議論を整理しようとしている点には敬意を表したい。(本説末尾の引用一覧を参照のこと)しかし、今では、江戸期の民衆のリテラシーの高さや文化人の知的交流、文芸や芸術表現の高さの研究なども進んできている。参照している知日派の論は基本的にそういう文化的伝統に立脚するものだが、これを西洋的文脈で主体性のなさや国際社会における立ち位置の弱さととるのは正しくない。つまり,知日派知識人が日本の伝統文化を評価しながら,西洋との対比で政治文化を批判する見方をそのまま引き継ぐところに限界がある。
本書の最後のほうで、昨年、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)がノーベル平和賞を受賞したことを評価する議論が行われているが、これもとってつけたようだった。繰り返し、日本に彼が描くような歴史的な構図や国際的な位置づけを正確に理解した上で発言できる論者が現れていないことを憂えているように、日本のジャーナリズムや学術・思想状況への批判なのだろう。
もう一点、論旨は明快だが読みやすい本ではないことも付け加えておこう。繰り返しが多いし、本全体の構成が論理的な展開になっていないからだ。最近このたぐいの、強いて言えば長年書き連ねたブログの文章を寄せ集めたような文体の本が目に付く。まことにそのときどきの考えを書き散らしただけで、独りよがりで読者へのサービス精神が欠けたものだ。本書に説得力をもたせるためには論点を整理し、論拠を明確にしながらもっと読みやすい文体と論理構成で表現することに心がけるべきだっただろう。そうした工夫を避けているから、Amazonのカスタマーレビューにもあるように、本書自体が日本人の自己表現の幼児性の典型例のようにも見えてしまう。著者が批判するような日本人一般には文字通りの批判をぶつけるのではなく、相手の立場に配慮しつつ論を進めることが必要である。
同じくAmazonの読者評にあったが、参照文献の書き方がよくない。本文中の初出に書誌事項があるが、まとまった文献一覧がないので、しばらくするとどの文献を指して論じているのかわからなくなる。また、こうした多数の論者を引用し、多数の論点を扱う本には索引が必要なはずだがない。こうした文献や索引のような形式面を無視するのが日本の知識人の性だろう。本書のような出版社選書のシリーズは編集者が形式面に手を入れてもっと読みやすい本にすべきである。なぜそれができないのか。たぶん日本の著者のわがままが通っているからだろう。
本来、本を書くには、自分が書いたものを再度新たな視点で読み返して,繰り返し編集する行為を伴うもののはずである。そのときに手がかりになった文献を見直し、自分が使った言葉を再吟味することが必要になる。そのためには文献一覧や索引が手元になければ論を進めることができない。著者自身でそうなのだから、まして読者は他人。手がかりなしに著者の考えを理解できない。しかたがないので自分でメモをとりながら読んだ。評者はふつうこういう読み方はしていないが,こうでもしなければ文脈を含んで全体を把握することができなかった。なので,書評では参考までに末尾にこれを付けておいた。
最後に先ほど触れた本書の文体について再論しておこう。本書は、日本人全体が幼児化した情報弱者だと批判しているのだが、それを言うための自らの情報論的立場が不明確であることが気になる。強い弱いは何を基準にしているのか。ジャーナリストや学者,思想家が発する情報がうまく民衆に伝わらないのは情報そのものについて自ら抑圧しているからなのか,それとも伝わるための論理展開や言論戦略をもっていないからなのか。たぶん両方なのだろうが,評者はそれだけでなく,日本人の言論構造に欧米のものとの違いがあることを強く感じている。これは別に論じる予定だが、それは伝統的な人間関係や社会構造に変化がないことにあり、それを前提にする限り、いくら情報強者が自分の知見を民衆に説いたところで届かないということだ。
日本人にとっての論理的文章とは「共感」をベースにしたものであるとしているのは、最近出た渡邉雅子『共感の論理ー日本から始まる教育革命』(岩波新書)である。ただ、私はこの本のタイトルがミスリーディングであることを感じている。というのは、彼女が主張する日本の「共感の論理」は、幼少期の情緒的なものをベースにしながらも、それがあるからこそ、発達段階に沿ってその後の論理的思考、抽象的思考、相対化する思考を導き出されるという構想になっている。共感は情緒とイコールでないことが重要である。こうした考え方は一見、弱者の論理展開に思えても実は強靭なものにつながるものなのではないか。だが,最初から論理や抽象化思考からスタートする本書の論理構造は、正反対のもののように思える。
以下、本書を読んだときに気になった部分を引用して示す。
上に書いたように本書には索引がない。目次を見ても何を論じているのかは判然とせず。これでは、著者がどこで何を言ったのかがまったく辿れない。そのため、本書を読んだときに書き抜いたメモをもとに、この書評を書いたときに参照した引用部分の典拠を示しておく。もとより、これは外部からの視線に焦点を当てるという点で、評者が「気になった」ということである。冒頭に著者名がないものは,本書著者の文章である。
citations
辺見庸「未来に過去がやってくる」(『完全版 1★9★3★7』) p.17
辺見庸「主体と責任の所在を欠いた,状況への無限の適用方法」p.114
辺見庸「言挙げをせぬ秘儀的なファシズム」p.144
辺見庸「危うい静謐と癇性,どこまでも残忍で胆汁質の情動ーそれらの病勢を小津作品の陰画面に感じる」p.180
エドワード・サイード「オリエンタリストとは書く人間であり,東洋人(オリエンタル)とは書かれる人間である」(オリエンタリズム)p.50
エドワード・サイード「記憶は、アイデンティティを維持するための強力な集団的装置」であり、「それは歴史による抹消の侵食を食い止める防波堤の一つです。それは抵抗の手段」」(『文化と抵抗』)p.268
イアン・ブルマ「ヒトラーはけっして<神輿>ではなかった」(『戦争の記憶』)p.86
イアン・ブルマ「日本の教育は日本帝国のプロパガンダの実践の場だった」(『戦争の記憶』)p.147
ブルマ「最高位の<神輿>を一切関わりなくしておく取引が行われた」p.165
ブルマ「幼児性は、日本だけだと言わないまでも、日本に顕著な文化的特性なのではないか、とつい考えたくなる」p.203
松本清張「古代日本の神権的なデスポット的な大王(おおきみ)に『培養』せんとする大久保[利通]の熱心な意図がここに見える」(『史観宰相論』)p.87
ポール・ジョンソン「軍国無政府社会」(『現代史』)p.104.
ハリー・ハルトゥーニアン「アマテラスのアンクルトムによる代替」(『歴史と記憶の抗争』)p.112
エマニュエル・トッド「アメリカ・フォビア」p.115
チャルマーズ・ジョンソン「独立した民主主義が発展せず,アメリカの冷戦期の従順な衛星国」(『帝国解体』)p.155.
バリントン・ムーア「ファシズムはドイツにおいてよりも,日本の制度と親和性が高かった」『独裁と民主政治の社会的起源』p.157.
ターガート・マーフィー「マーフィの言う対米従属構図とは,ワシントン⇒高級キャリア官僚&大手メディア&対米投資に熱心な大手財界人⇒政治家,という明確なフローチャートを提示し,この意思伝達経路に妨害が入るときは,検察と大手メディアの強力な結託でもって,当該者は攻撃され,排除される」(『日本‐呪縛の構図:この国の過去、現在、そして未来』)p.161
ターガート・マーフィー「「階層性を通じて社会秩序を維持すること」を最重要視する朱子学の哲学がいまも日本を呪縛する」p.167
ターガート・マーフィー 「1603年江戸開府を起点とする近代化論ー侍階級が主導権を継続した」「東京裁判における日米合作の茶番(「東條が天皇をだました」( p.163-167)
カレル・ヴァン・ウォルフレン「日本には時の権力保持者から完全に独立した文筆家および知識人社会は存在しない」(『日本の知識人へ』)p.162
カレル・ヴァン・ウォルフレン「日本の大衆文化の際立った特徴は政治的な想像力を掻き立てる内容はすべて抜いてある」(『日本 権力構造の謎』)p.223
カレル・ヴァン・ウォルフレン「システムが朝廷の方を好む政治的理由としては…力の強い論争者が有利になるということである。こうして、現状が維持されるのである。もし多数の訴訟が起こされ、それに対して論理的で公正な結論がくだされれば、<システム>はひとたまりもなく崩壊してしまうにちがいない。」」(『日本 権力構造の謎』)p.243
「日本における官僚機構の驚くべき巨大な権限は…戦後は官僚機構の一人勝ちになり,通常の先進諸国の官僚機構に比べ,統制色の濃い財界も,あるいは官僚出身者の多い政治家も,実質的に官僚と権益を共有する人々が多いからだ。」「「対米従属の可視化を具体的に説く日本人はほとんどいない。」p.166.
「アメリカという国民国家の中枢に,軍産複合体という怪物がいて,その利害が国民国家をリスクに晒すという警鐘は,絶えず戦争を仕掛けてきたアメリカの思惑を理解する上で欠かせない….イラク戦争もウクライナ戦争も,それが「ニチベイ」批判だと察した時点で,「言わぬが花」になる。いずれも辺見の言う「ヌエ的ファシズム」,清張風に評すれば「部族的官僚政治」,アルノーの評する「オメルタ(マフィアによる沈黙の掟)」に共通するだろう」p.181
「なぜ、岩波は清張の版元とならなかったのだろうか。大衆の欲情や怨嗟に通じた清張史観は、岩波流エリートの教養文化とは異質。換言すれば、どちらも権力を批判するものの、活字文化の権威に君臨した岩波文化人と、最後まで大衆のルサンチマンに拘泥した清張の視点はどこまでも違った。同じ時代を生きた丸山眞男と清張はどれほど相手を意識していただろうか。」p.194
「サルトルやアレントに共通するのは、権威や権力に一切媚びず、怯まず、一生を自らの思想や哲学を通して、言葉でもって歴史感や世界観を表わし、時代の権力や不条理と戦ってきた、つまり本当の数少ない知識人だった。」p.200
「説明なき海外投資、原発事故、原発再稼働、能登半島地震に関する政府の情報統制」 p.254
「エイズウィルス感染による血友病、コロナワクチン開発・接種過程の不可解ーコロナは薬害だ」 p. 255
明治維新についての羽仁=井上史観(封建領主間の権力移譲) vs. 司馬史観(下級武士の英雄史観)p.261
サルトル「金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ」p.274
フィリップ・ポンス『裏社会の日本史』 日本には、島国根性とか等質的社会といった欺瞞的パラダイムにはけっして収斂されず、まさに「周縁性」に育まれた風土が存在した。その歴史的潮流として、ボンスはアマテラスの弟で「放浪者の典型」スサノオの神話に始まり、江戸時代の農本主義者安藤昌益、戦後の「無頼派」の作家に至るまで「野生の個人主義」を見出し、「強靭な異議申し立ての血統」をなす「日本の歴史的水脈」を発見した。p.275
ウェンディ・ブラウン 一方では蔓延する過度な市場化や民営化が、還元すれば「市場万能論」が、人間が歴史的に培ってきた民主主義や人権や公共といった誇るべきデモスの要素を破壊する時代の様相に、「文明の絶望」を感じながらも、けっして、怯まず、抗い抜くという宣言は、胸を打つ。『いかにして民主主義は失われていくのかー新自由主義の見えざる攻撃』 p.302
ハンナ・アレント「戦争が記録されている過去のうちで、もっとも古い現象に属するのにたいして、革命は正確にいうと近代以前には存在していなかった」(『革命について』)なるほど、日本の歴史を振り返っても、太古の昔から戦争や紛争は頻発したが、革命は未体験。いまだに前近代という旧弊を脱することができない。p.320
「結論は現下の日本はもはや「ほぼファシズム」だということである。」p322
一昨年出した『図書館教育論:学校図書館の苦闘と可能性の歴史』(東京大学出版会)が今年度の学校図書館賞論文賞(全国学校図書館協議会)と日本図書館学会賞を受賞したことを報告しておきたい。また,それぞれについて受賞者の言葉を公表しているのでここに再掲しておく。