末尾のスライドは,2025年10月25日(土)午後にオンラインでおこなったシンポジウム「生成AI時代の図書館情報学」で使用したものである。追々,他の登壇者のものを含めた議論の動画やスライドファイル,質疑応答の概要を公開する予定なので,準備ができたらお知らせするとして,ここで私が何を主張したかったのかについて書いておきたい。スライドは今年の日本図書館情報学会春季研究集会で報告した発表をベースにしているので合わせてそちらも参照していただきたい。学会ではヤアラン『知識組織論とはなにか』の主題概念と情報探索概念を中心に報告したが,この発表では,それをベースに彼が主張しているドメイン分析とは何なのか,また,もう一つの発表だったニルス・ロン『ドキュメンテーション・スタディーズ入門』との関係について述べた。その上で、「生成AI時代」で図書館とか図書館情報学に何ができるのかについて発言した。しかしながら、時間的制約や議論の枠組みの制約などがあって十分にお話しできなかったこともあるので、そこも含めて書いておきたい。
ヤアランの議論
ヤアラン『知識組織論とはなにか』は2章から4章が主題についての論考であり5章から7章が情報探索についての論考となっているが,彼の議論は主題概念を踏まえての情報探索論であって,両者は統合的に議論されることになる。彼はドキュメントの主題は,実際にどのようにそのドキュメントが利用されそれによってどのような効果があるのかによって決定されるというプラグマティズムの視点を採用するから,主題は利用者の情報探索行動と密接にからむことになる。彼は,従来の図書館情報学における情報行動論は基本的に個人をベースとする認識論を採用としていたがそれでは限界があるとしている。彼は集団における認識論を解明する手がかりとしてジョン・デューイのプラグマティズム哲学およびレフ・ヴィゴツィーの心理学を基にして集合的認識論をどのように組み立てるかという議論をする。そして,それを知識組織論の方法論として定式化しようとした。ドメイン分析は,彼の知識組織論が表出する場であり,そこで形成される考え方をモデルにして知識組織論を組み立てることになる。
それを図示したのがスライド11に掲載したものである。パワーポイントではこの図を動的に表示していて、まず、情報生産者と情報利用者が所属するドメインがあり、そこで両者をつなぐものとしてドキュメントがあって、情報利用者ードキュメントー情報生産者をつなぐ三角形を想定し、つなぐ概念が主題と情報探索の関係によって示される。「主題⇄情報探索」という表現は、両者が相互作用をする関係にあることを示している。そして、以上の関係が成立する場が知識組織化システム(KOS)である。このような関係はドメインごとに成立していて、ドメイン1, ドメイン2...となる。また、ドキュメントはKOS、ドメインに置かれているがもっと広がりをもつ。ドメインは複数になるが、ドキュメントは相互に連関するので実は星型のような構造の一部が個々のドメインに関わっているとみなされる。(図ドキュメントとドメインとの関係)

ドメインと知識組織化システムの関係
ドキュメントとドメインとの関係
ヤアランはドメインについて主題領域や学術コミュニティなどの学術や専門的な領域に限定した議論をしている。彼は通常の公共図書館が扱うのがドメインではないのはそこに多様な種類の利用者がいて,決して情報生産者と情報利用者が一つのドメインに納まってはいないからだとする。たとえば,児童サービス,学習資料の提供などは「パターナリズム」の要素が入り込むので彼がいう主題=情報探索の理論では説明しきれないとしている(訳書 p.80-81)。
パターナリズムとは別の領域(通常は上位の管理的政治的領域)による指示が一定の効果をもつものを言う。児童の発達段階に対する配慮やカリキュラム上の指針などを指す。これは重要な指摘であるが,その点についても見直しが必要になるものと思われるが,今後の課題としておきたい。公共図書館においては大人に対してもパターナリズム的な要素が入り込むことは避けがたい。それは公的財源を配分するにあたって政策的な配慮、思惑、議論が存在するからである。ポピュラリズム的資料提供を行うのか、教養書や学術書を中心するかという二項対立があるし、政治的論点(たとえば沖縄基地問題とか、新型コロナウィルス対策の評価とか)を扱った書籍は多数あるが、個々の著述の立場をどのように腑分けして、全体として蔵書に反映することは容易な問題ではない。また、図書館の設置母体である地方自治体やその首長が自らの方針に基づくパターナルなサービスを要求してくることがありうる。
ドメイン分析
ヤアランは、ドメインは談話コミュニティ(discourse community)であるとする。談話コミュニティとは,単なる親しい人々のグループや地域的な共同体,会社や官庁のような組織ではなく,知識組織化のために一定のルールや規範の基に言葉を介してやりとりをしているコミュニティを指す。このような要件を満たせば,法人組織や地域団体も談話コミュニティになりうるが,言葉でつながって知識開発の組織原理をもつことが特徴ということができる。学会,専門職団体はこれに該当するが,業界団体や会社組織,官庁組織は知識開発よりもビジネスや行政的な目的が先にあることでこのカテゴリーからはずれる。ドメイン分析は先の公共図書館の利用者コミュニティと比較すれば、限定されたコミュニティを想定していることは容易に想像がつく。
ヤアランはこうしたコミュニティを対象にドメイン分析を行うことを推奨する。彼が想定しているのは専門図書館が行うサービスでコミュニティのコミュニケーション状況を把握して、そこでやりとりされる専門知をうまく媒介できるようなサービスである。だから彼はドメイン分析を行う情報専門家はドメイン特有の主題知識と図書館情報学の専門知識の双方を兼ね備えている必要があると言っている(スライド13)。
スライド15にドメインに能動的に働きかける具体的な例を挙げておいた。1つ目は、特定領域コレクションということで、これは専門図書館が当てはまるが、大学図書館や公共図書館にも専門コレクションは多数存在している。これらは単に特別コレクションとしてあるというだけでなく、その図書館の由緒やキャンパス、地域との関係を示す重要なものであり、博物館コレクションにも似て特別展の対象にもなる。それを管理したり、展示の準備をしたりする図書館員はキュレーターということになる。
第二に、デジタルアーカイブと呼ばれる方法は、要するに限定したドメインの資料(これはMLAいずれのものもある)に対して、デジタル化という知識組織論的技法を通して迫るものである。これがMLAのそれぞれから独立した主張をするのは日本のDX政策とタイアップして展開されたからであった。ただ、それを契機にしてMLAが相互に近づく可能性をもたらしていることも事実である。
第三に、地域資料(地域というドメインの知識組織化)である。これもまたMLAそれぞれにあるし、歴史学でも郷土資料や地域資料はそれ自体が重要なテーマとなっている。私が地域資料の重要性を言い始めてすでに40年以上になるが、最近になってようやくこの問題が図書館界でも取り上げられるようになっていることにホッとしている。
第四に、学校図書館(学校という専門組織への知識組織論)である。これは意外に思われる人もいるかもしれないが、少し考えてみれば、学校図書館は学校というドメインを対象にした専門図書館であることは明らかである。学校は、学習者である児童・生徒、学習の手引を行う教員、その外に拡がる親や地域社会のコミュニティを含めて、教育や学習という目的のためにある。これは地域社会においては公共図書館よりもドメイン分析をしやすい。先程のパターナリズムも国とか自治体という単位だと分析が難しいが、特定学校に生じるドメインの要素と考えて分析することは可能だろう。
ドメイン専門家の育成
日本でLISの主題専門家といえば、医学、法学、アートあたりだと想定しやすいが、それ以外では難しいとされてきた。上に書いた学校というドメインにおける学校図書館員の専門職化がいかに難しいかについてはさんざん言われてきたし、私自身も何冊かの本でそれについて書いてきた。日本では知識とは人に帰属するものとされる。「知識人」というのはもう死語に近いが、豊富な知識をもつ人が尊ばれるのは変わらない。試験はその時点で再現できる知識の量を問うものであり、受験競争を勝ち上がったスキルをもった「クイズ王」とかいう人がタレント扱いされる。私は知識とはすでにあるものを再現できることが重要なのではなく、知識の相互の関係を自分でたどることで、自らの新しい知識とするような能力が重要と考えている。
今、現れつつある生成AIが示唆しているのは、再現できる知識は機械に委ねることができるということである。すでにあるテキストや画像や動画が知識であり、これらをLLMという技術で組織化することで、人間と類似の知的応答が可能になっている。しかしながら、そこにはたぶんに間違いやバイアスが含まれている。これはAI自体では修正し得ない。なぜなら、AIの情報源は人間が蓄積したテキストであり、それを組み合わせているにすぎないからである。こうした状況に人間はどのように対処すべきなのか。SNSを見れば、間違いもバイアスも含めて平気で発信し、修正しようともしない。だから、情報については一人ひとりの受け手、利用者が自らそれに注意を向けて、誤りやバイアスを認識し自ら訂正していくほかない。
AIの特性については、報告の最後の方で触れたマーティン・フリッケ(根本彰訳)『人工知能とライブラリアンシップ』を参照していただきたい。LISと生成AIについての解説ではこれ以上のものはない。図書館員が何をすべきかについても懇切丁寧に解説してくれている。フリッケの本に出ていないが、なぜドメイン分析を経験した図書館員(情報専門家)にこれが可能なのかについて少し付け加えておきたい。
ヤアランは本書で、結果を予測して働き掛ける能動的情報システム(proactive information system) について述べた。彼は次のように述べる。(p.188)
適切に機能する図書館と適切に機能する情報サービスは、すでに表現されているニーズを満たすだけでなく、そもそもこれらのニーズを認識する表現できるようにするプロセスの一部である。理想的には、情報システムは、利用者の情報ニーズに関して能動的に行動するべきであり、つまり、クエリ表現される前にニーズを認識する必要がある。
この能動的行動とはどういうことなのか。利用者が発する質問に対して、それが文字通りの表現ではなく本当は何を求めているのかを予想することである。こうしてみれば、これはレファレンスサービスで常日頃実施していることではないかと思う人も多いだろう。人は、言葉を通してやりとりするが、その言葉を超えて意図や本質を理解することを行っている。
このことは、アメリカのプラグマティズムの創始者チャール・サンダース・パースが言うアブダクション(仮説的推論)と密接に結びつく。論理学では、既知の大前提から言葉や記号がもつ論理に基づく規則を適用して結論を得る演繹法(ディダクション)と個別の経験や実験結果などの事象から命題を導く帰納法(インダクション)がある。科学的な探究はこうした方法に基づいて行われるとされてきたが、パースは、どうしてもこれらだけで説明できない探究方法があることに気付いた。個々の事象と命題をつなぐために、結論となる事象に規則を適用して前提を推論する方法である。
情報システムについて言えば、情報検索によって検索された文献の集合関係をもとにして絞っていく方法はディダクション(演繹法)の原理によるものであり、同じテーマの下に別の検索語を入力することを繰り返して得られる情報の範囲を推測することのはインダクション(帰納法)である。しかしながら、実際に検索者が行っているのは、これらの2つの方法を組み合わせて最適な結果を得ることである。その際には、その際に必要な知識は当該ドメインに関する知識と情報システムの仕組みやアルゴリズムに関する知識を駆使して、ドメイン内の探索者に対して知ることができる最適な情報を提供することである。これがアブダクションである。何が最適なのかについては推測でしか得られないが、こうした2つの種類の知識を総合することによって、情報専門家は情報の媒介者になることができる。
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