2026-03-23

地域アーカイブ,ナラティブとしての「国史」,公害資料館と公立図書館

毎年,寄稿している『読書アンケート:識者が選んだ,この一年の本』の2025年版(みすず書房, 2026)に今年も次の文章を書いた。













 このところ,地域アーカイブ論という領域を探るため,各地の博物館や資料館,図書館を訪ねて,当該地域の歴史意識がどのような制度的条件によって支えられているのかを見ようとしている。その際に参考にするのは,天野真志・後藤真『地域歴史文化継承ガイドブック』(文学通信,2022)(注)であったり,『<記憶の継承>ミュージアムガイド—災禍の歴史と民族の文化にふれる』(皓星社,2022)であったりする。こうした本が刊行されるのは,歴史が記録された資料の蓄積のみならず,当事者や関係者の記憶や語り,そしてそれらが形成した集合的な記憶形成の作用が重視されつつあるからである。

 夏に沖縄を訪ねた。改めて,沖縄戦で資料の多くを失った沖縄の復帰後の最初の事業に県史編纂があって,それは現在に至るまで継続されていることを知った。県史編纂事業には資料を再収集し,図書館や公文書館で管理することだけでなく,編集し,歴史として表現し,体験した人たちの記憶をそのまま記録としてとどめることも含まれている。そうした肉声による証言や語りを含めて編纂される歴史形成の営為は県史のみならず,市町村史,区史のレベルでも行われている。故屋嘉比収著『沖縄戦,米軍占領史を学びなおす—記憶をいかに継承するか』(世織書房, 2009)は,歴史編纂の担い手が当事者に近ければ近いほど,肉声のインパクトが大きく働くが,逆に距離をとることによって得られる遠近法が歴史認識を磨くことを説くものであった。

歴史認識と担い手の問題は,中央と地方との関係を探る歴史学でも自覚的に取り組まれている。宮閒純一『明治維新という物語—政府が創る「国史」と地域の「記憶」』(中公新書,2025)は,学校教科書にも描かれる幕末から戊辰戦争を経て新政府の確立までの歴史が、明治政府によってつくりあげられた物語であることを検証する。周防大島,飯能,大館,佐倉で書かれた歴史は,土地の人々の記録や記憶が明治政府の歴史の語りに照らして修正されたり,改変されたりして何度も書き替わってきたものであった。資料の解釈や記憶は,その後の語り(ナラティブ)の作用によって容易に変容してきたことを示している。

 現代史においてもこのことは当てはまる。産業化の負の遺産であった公害についての歴史が,歴史家や産業社会,産業経済の研究者によって書かれてきた。被害者・患者,その家族や支援者,加害企業関係者,そして反対運動に関わった研究者のいずれもが世代交代を余儀なくされるような時間の経過を前にして,蓄積されてきた,数々の証言,手記,記録,そしてポスター,ビラやチラシ,機関紙・誌,写真,手紙,新聞や雑誌の報道記事などのアーカイブズ類をどのように継承するかという問題が生じている。それらの資料の一部は水俣市や四日市市のように当該地域で公設の資料館が扱う場合もあるが,公設機関がつくられる経緯からくる制約を抱える場合も少なくない。社会運動あるいは社会問題として取り組み,そうした資料の重要性を知る研究者らが,清水万由子,林美帆,除本理史編『公害の経験を未来につなぐ—教育・フォ—ラム・アーカイブズを通した公害資料館の挑戦』(ナカニシヤ出版, 2023)清水善仁『公害の記憶をどう伝えるか—「公害アーカイブズ」の視点』(吉川弘文館, 2025)を著して,こうした問題の重要性を訴えている。

 そのなかで図書館は,本来,地域で発生するいわゆる郷土資料を扱ってきたはずなのに,こうした資料に対して及び腰であるのは,背後に,資料取扱いの公平性,公正性や個人情報保護などのコンプライアンスと言われる問題が控えていることが見てとれる。だが,それ以前に図書館は,著者,出版社,編集者,および書評メディアにより事前評価された全国レベルで流通する出版物を扱うものと自らを規定してきたことで,可能な価値創造の力を封じ込めてきたのかもしれない。最近,大場博幸が『日本の公立図書館の所蔵—価値・中立性・書籍市場との関係『図書館の公的供給—使命・利用者・利用料』(樹村房, 2024, 2025)の2冊の著書で図書館の本質と限界を剔抉する知見を私たちの前に示してくれた。中央レベルと地域レベル双方で,知の蓄積と参照を支援するという図書館が果たす機能を再評価する時期にきている。

天野真志・後藤真『地域歴史文化継承ガイドブック』(文学通信,2022)は版元が全文のPDFダウンロードを提供してくれている。

https://bungaku-report.com/pres-network.html



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地域アーカイブ,ナラティブとしての「国史」,公害資料館と公立図書館

毎年,寄稿している『読書アンケート:識者が選んだ,この一年の本』の2025年版(みすず書房, 2026)に今年も次の文章を書いた。