知識組織論研究会(KORG_J)はこの9月から3ヶ月おきに開催しており,その第2回(12月14日)に「知識組織論」そのものをテーマにした議論を行った。IEKOという専門事典の概説的項目であり,知識組織論そのものが未だ固まった学術的領域となっているわけでもないので,読むものもあまり具体的な議論と言うよりは概念的な議論が多かった。そのなかで,知識組織論の歴史について触れている部分で、古代ギリシアのアリストテレス以来の伝統があるが,とくにここで焦点を当てているプラグマティックな知識利用やその効用についての議論は,19世紀後半くらいから始まっていると述べられている。そのなかで知識組織論そのものを論じ実践した人に,ヘンリー・ブリス(Henry E. Bliss 1870-1955)という人がいたことが強調されていた。彼については,IEKOに項目があって詳しく記述されており,英語版のWikipediaにも項目があって読むことができる。(今は英語のものもブラウザの翻訳機能を使ってすぐに読めるので目を通すことをお勧めする。)
日本の図書館情報学では分類論の歴史を扱っても,DDC,UDC,コロン分類法くらいしか触れないので,ブリスの書誌分類法(Bibliographic Classification: BC, 1940-1953)については知らない人が多いだろう。ブリスはニューヨークシティ・カレッジの図書館員を長く務めながら分類の理論研究とそれを体現したBCの開発に取り組んだ。しかしながらBCはアメリカではあまり使われず,イギリスの図書館で使われた。1977年から刊行が始まったBC2はイギリスの図書館員ジャック・ミルズを中心に開発された。ランガナタンのコロン分類法とは分析合成型分類として互いに影響し合って発展してきたと言われる。
ブリスは学究肌の人でBC以外の重要な業績として2冊の研究書がある。
これらの著作は図書館の分類法が学術的な営為と密接な関係をもつことを厳密に記述しようとするものであり,図書館学の理論派の人たちや外部の哲学や科学史などの分野の人々からは賞賛された。しかしながら,米国図書館界ではすでに学術図書館ではLCC,公共図書館や学校図書館ではDCCが普及していたので,その晦渋な文体もあって批判されたり無視されたりした。このあたりは,IEKOのブリスの項目に詳しく書かれている。ブリスの研究の学術的評価を高めた要因の一つに,1冊目の知識組織論と学問体系をテーマにした本に哲学者・教育学者のジョン・デューイの序文が付けられていたことがある。筆者は,ジョン・デューイが図書館学ないし知識組織論と哲学・教育学とを結びつけるキーパーソンであると考えているのでこの序文を以下に訳出しておくことにする。(ジョン・デューイの哲学・教育学が図書館にどのように関わるのかについては、筆者の近著『図書館教育論』『知の図書館情報学』の重要なテーマである。)
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序文
私たちは皆、たとえ図書館を頻繁に利用する人であっても、図書館について主に自分自身の個人的な必要性に引きつけてとらえていると思われる。私たちは図書館を当然のものと考え、必要なものを必要なときに提供してくれるという実際的な効率性で図書館を判断する。ブリス氏の記念碑的な著作は、この狭い個人的な態度にインパクトを与える。この本が明らかにしていることで印象的なのは,図書館の組織化の問題が一方では知識の学術的教育的組織化と、他方では社会組織の促進と関連していることである。さらに、この本は、知識同化を進め効果的にするための心理学的問題や、科学の統一、相互関係、分類といった問題に含まれる論理的および哲学的な問題を扱っている。
もう一方の社会的側面では、私たちの実践的な活動が科学的発見、知的進歩、真の知識の普及にますます依存していることも明らかにしている。社会組織は、組織化された知識をうまく活用する能力にますます依存するようになる一方,伝統や単なる慣習への依存は少なくなっている。
この扱いの根底にあるのは、特別で特殊なものと包括的で一般的なもの、理論と実践、組織化・標準化と自由および絶え間ない成長と変化によって課せられるニーズ,これらの相互関係についての健全な哲学である。参考にされた堅実な学問の範囲は、一般の読者にも明らかである。しかし、そこでの学問と哲学は効果的に扱われており,同時に文体と素材の扱いは明快で直接的である。
現代の図書館は、より統合的な社会生活を送るのに,知的な統一化とその実際的な適用という 2 つの大きな潮流が交わる交差点に立っている。ブリス氏のこの著作は、この事実をよく裏付け、徹底的に学術的に実証している。
彼は、図書館の組織化の問題全体を、現代の生活条件下では図書館が中心的で戦略的な位置を占めていることが明らかなレベルにまで引き上げるのに貢献する。ブリス氏の考えに従うにつれ、読者は図書館が単なる本の保管庫ではないし、さらに恣意的な分類では実際的なニーズさえ満たさないことを理解するようになる。実用的な面で効果的な本の分類は主題の関係に対応していなければならないが、この対応は、知的または概念的な組織が知識の分野に固有の秩序に基づいている場合にのみ確保され、その秩序は今度は自然の秩序を反映する。図書館は実用的な目的を果たすが、実用的なツールと手段が、自然の現実に対応する主題の固有の論理と一致しているときに、最も効果的に機能する。さらに、図書館における知識の適切な組織化は、知識と経験の達成された統一の記録を具体化すると同時に、さらなる知識の発展に不可欠な手段も提供する。
知識は専門化された断片の増加によって成長する。しかし、専門的な職業人が自分のやっていることの関係や意味に気づかないことがないように,つまり最終的に混乱を招かないようにするには、包括的で統一的な原理に基づいた中心的秩序がなければならない。しかし、その秩序は、新しい予期せぬ発展に適応できるほど柔軟でなければならない。この広範で自由な精神の結果、ブリス氏のこの著作は、図書のサービスに直接携わっている人々にとっての特別な価値に加えて、生活における無秩序と混乱から秩序と統一に移行する際の,知識の組織化と相互関係の影響に関心を持つすべての人々にとっても重要である。多様な材料を利用して複雑な問題に知的に協力しながら集団で取り組むことは、現代生活の顕著な動きである。
ブリス氏の著作の包括的な計画に含まれる多くの特別な興味深い点のうち、私が特に注目したい点が 1 つある。教育の最も広い意味で言えば、この著作の主な関心事は教育である。図書館組織の理想の課題は、一般大衆と専門分野の従事者の両方に提供することができる教育サービスである。しかし、それは学校で行われていることという狭い意味での教育とも密接に関係している。特別指導や教科指導と、学生と教師の総合的でバランスのとれた発達との適切な関係ほど差し迫った教育上の問題はない。この必要性から、私たちの大学は「オリエンテーション」と「概説」のコースを導入している。より良い学習の相関関係を生み出すための実験を行っていない機関はほとんどない。専門化がかなり進んだため、現在最も必要なのは統合である。
ブリス氏のこの著作は、知識の組織化という一般的な問題の解決に永続的な貢献をしているだけでなく、その全般的な範囲と詳細において、現在緊急かつ主要なものとなっているこの特別な教育課題の達成に重要かつ大いに必要とされる貢献をしている。
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デューイは,この頃に発展を遂げている図書館の本質を指摘し,そこでの知識分類の問題は社会や大学などの学術組織,そして一般の人々の生活にある種の秩序を与える重要な役割を果たしていると述べている。ブリスの分類論はこうした学術領域にいる人々の目からみるとそうした期待に沿うものだったのだろう。実際のところ,その後アカデミックな領域から図書館に対してこのように踏み込んだ期待が寄せられることはあまりなくなっていった。それは,図書館が自らの制度化を達成して、あって当然という存在になり得たからである。ただし,その際の知識組織化のツールはDDCやLCCであって,BCではなかった。それこそデューイが言う実際的問題への対応ゆえであったが,それでもブリスのような理論家が,そうした問題の存在も含み込んだ知識組織化の考え方を提示してくれたことによって成立したものだろう。
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