2019-04-03

【書評(根本彰)】稲垣行子著『公立図書館の無料原則と公貸権制度』

【書評(根本彰)】稲垣行子著『公立図書館の無料原則と公貸権制度』日本評論社,2016,421p.

日本図書館情報学会誌 63巻1号, 2017.p. 45-46,の再掲載


本書は,著者が中央大学に提出し,2014年7月に博士(法学)を授与された論文をもとに加筆訂正され出版にいたったもので,図書館をめぐる法的状況に取り組んだ意欲作である。

これまで出された図書館法規の解説書の多くは実務家向けのものであったが,近年,図書館についての法学研究が出始めている。法学研究には大きく分けて,法制史や法哲学などの基礎法学と,実定法を扱う実証法学があり,後者はさらに法解釈論と立法論に分けられる。多くの法学研究および法学教育は,実定法を法源として検討する解釈論をベースにして行われている。他方,立法論は現行法では十分でない領域について,法解釈に加えて,法改正や新たな立法をするための発展的議論を行うものである。本書は立法論の立場から,図書館が関わるサービス領域を外国法も含めて法学的観点から検討し,最終的には公貸権(公共貸出権)を規定した法律をつくることを提言している。

本書は,全体で4部,14章から成る。全体の流れは,公立図書館(以下図書館とする)が憲法上の知る自由という原則に寄りそってつくられている位置づけを検討した後(第I部),それを実際の法において実現させる際に無料公開制を中心とする構えとなっていることを確認する(第II 部)。そして図書館の無料原則をめぐる状況を総合的に検討し、著作者の権利の一部との調整が必要になっていることを明らかにする(第III部)。その調整のための具体的方法として公貸権を法制度として確立することを提案している(第IV部)。具体的に,内容を見ておこう。

第I部「国民の知る自由と図書館」では,まず国民の知る自由は憲法に内包されるか,少なくともそこからの派生的保護法益であると述べて,公立図書館は,“国民の知る自由を確保する社会的装置のうち,一番身近な装置”であるとする(p. 30)。そしてアメリカの「知的自由」と日本の「図書館の自由」を比較し,情報公開法による知る権利の法制化の状況を述べ,判例を検討した上で,著作物が図書館を通じて読まれることに法的利益があるとする。最後にアメリカと日本の図書館史を検討した上で,近代図書館を貫く原則として,法的根拠をもつ公開,公費支弁,無料制を挙げている。

第II部「パブリックライブラリー要件と図書館制度の関係」では,これら3つの原則を日本の法制度を中心に欧米各国の制度も含めて検討を加えている。まず,公開の法的な根拠についてである。図書館法は憲法,教育基本法,社会教育法の系列に位置づけられ,教育基本法の機会均等の規定や,社会教育法における国民の社会教育活動に対する国,自治体の支援する規定に基づいて,サービス法である図書館法がつくられているとする。他方,地方教育行政法では図書館は教育機関に位置づけられ,地方自治法において教育機関は教育委員会の専決事項とされている。また,地方自治法では公の施設が定義され,住民の福祉を増進する目的をもって利用に供するための施設で,なおかつすべての住民に対して公開されていることと公平な取扱いを規定している。著者によれば,図書館が教育法と地方自治法と二つの法系列に位置づけされることに問題の淵源がある。

図書館の公費支弁と利用の公開制はこの二つの法系列のいずれにも規定されているが,とくに図書館法17条で無料制が最初から規定されていることが重要である。というのは,図書館の無料制は外国では必ずしも普遍的な原理ではなく,歴史的に形成されて,財政的な状況や経済政策によって変化してきたからである。ドイツやオランダの図書館は年間登録料のようなかたちの有料制が一般的で,それは法的な根拠をもっている。

第III部「図書館の無料原則が及ぼす今日的課題とその調整の考え方」では,図書館の無料原則が著作者の権利を制限する役割を果たしていることについて検討している。1984年に著作権法に貸与権が導入されたが,書籍に関しては,同法附則に「書籍または雑誌の貸与は当分のあいだ適用しない」とする制限規定があったために適用されていなかった。だが2005年に附則が撤廃されて,書籍やコミックのレンタルは貸与権の対象になった。しかしながら,図書館の貸出しは無料で貸出している限り,貸与権の対象にならない。

ところがこの状況に変化が見られるようになっている。それは,地方自治法改正で公の施設に指定管理制を導入することができるようになり,公設民営の図書館が現れ,その数は増加している。それを導入した自治体の一部は「図書館法によらない図書館」を公の施設として開設するという解釈をしている。とすると図書館法の無料原則によらない自治体図書館が現れる可能性がある。  

教育政策としても,生涯学習社会において住民自身の学習活動について受益者負担が進行しつつある。また,有料制をとっているドイツやオランダ以外の国の図書館でも,資料予約,オンライン情報検索,集会室利用,区域外居住利用者への課金が行われることは一般的になっている。無料貸出しが多いフィクションや児童書の著作者が職業的な著作者であることを考慮するときに,このように無料でない図書館が現れることも考慮に入れて,著作者の権利と図書館利用の関係を調整することが必要であるという。

第IV章「図書館の無料原則と著作者の権利との調整方法の検討および提案」では,公貸権制度の導入が検討され,それが日本でも導入されるべきことを提案している。EU加盟国では1990年代に貸与権と貸出権の導入を進め,著作者の権利を守ろうとしたが,その際に公共の貸出しは制限の対象となっている。こうして各国は,公貸権を著作権法に含めるか独自の立法をするかのいずれかで制度化し,図書館による資料の無料貸出しによる著作者の経済的損失を補填することになった。

そして,EU各国の公貸権制度を検討し,アメリカ合衆国では導入できなかった事情を検討した上で,日本では英国型の独自立法による公貸権制度をつくることが望ましいと結論づけている。それは,著作者の報酬請求権として設定し,利用料の支払いは国の基金で行うというものである。

以上,複雑な構造をもつ本書の論旨をつないでみた。最初に述べたように本書は立法論の立場で書かれている。公立図書館による無料の公共サービスとしての資料貸出しの進行が著作者の権利との関係で相容れないものが生じているときに,その調整を行うのにあたり公貸権導入に意義があると主張するために,かなり広範囲の領域の議論を整理検討して,論理的に組み立てようとしている。

本書の第一の貢献は,公貸権制度の必要性を立法論的に検証したことが挙げられる。これまで,立法の動きとしては2005年に文化審議会著作権分科会での審議が行われたことがあったが,同じ時期に制度の紹介が行われている程度で,法学的に十分な研究が行われていたとは言えない。行政法・教育法と著作権法との隙間にあった領域に光をあてて綿密に検討し,最終的に著作者の権利としての公貸権制度化を提言したことは重要な業績であると考える。

第二に,とは言え,本書は単に公貸権を法制度として確立するための議論整理にとどまらず,図書館情報学的に言っても,不十分であった公立図書館の法的な位置づけを体系的に明らかにする著作である。従来の公立図書館に対する法的な解釈は,知る自由をもつ住民のために資料を収集保存提供する役割を強調していた。その際に,図書館の資料提供が著作者の権利を制限して行われていることは指摘されてはいたが,その二つを結びつけて展開した議論は少なかった。それだけに,本書が,図書館と利用者との関係のみならず著作者との関係を含んだ総合的な見方を提示したことは重要な貢献である。

本書は多方面にわたる戦線を張っているがために、残した課題も大きい。法的な枠組みの議論を中心としているので,具体的な問題について十分に検討されていないところがある。たとえば,公貸権の制度設計の記述に,唐突に“新刊資料の館外貸出については,貸出禁止期間を設定し,その期間中について利用者は館内閲覧のみとする”(p. 395)という提案がある。著者は知る自由の保障に図書館の無料貸出しが一定の役割を果たしていることを強調し,許諾権ではなく報酬請求権としての公貸権を提案しているだけに,これがどのような論理に基づいているのか理解しにくい。

日本における公貸権の議論はまだ緒についたばかりである。ここ10年ほど論じられてきた,図書館の資料貸出しが本当に著作者の収入減につながっているのかといった議論をもとに,本書の枠組みで精緻化していく必要があるだろう。その意味で議論の礎をつくった本書の意義は大きい。

【根本彰,慶應義塾大学文学部,2017年1月6日受理】

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