2025-05-06

ビアウア・ヤアランの『知識組織論とはなにか—図書館情報学の展開』日本語版への序文

 日本の図書館情報学のための基礎理論を打ち立てることを研究課題と考えて,最近いくつかの活動をしてきた。それぞれについてはブログでも一部は報告している。

これらにはいずれも「知」ないし「知識」が含まれる。『図書館情報学事典』.の最初の項目は「データ・情報・知識」であった。図書館情報学の「図書館」とは,「知」ないし「知識」を含んだコンテンツを管理することで知識の組織化や管理を行っていることを暗黙の前提としていた。しかしながら,哲学の認識論はそうした「知」や「知識」のとらえ方を真っ向から批判するものである。万人に共通するような「知」や「知識」はありうるのかというのが認識論の基本的問いになる。

この問いに対して,真正面から答えようとしているのが知識組織論研究会で読んでいる「国際知識組織論事典」(IEKO)のいくつかの項目である。研究会の編集長を務めているデンマークのビアウア・ヤアラン(Birger Hjørland,)氏はこの事典の項目(といってもひとつひとつがレビュー論文の体裁をとっている)を30以上書いている。とくに,KOのもっとも基本的な項目は彼一人で書いているといってよい。この人については,英米経由で図書館情報学の知識が入ってきた日本ではほとんど知られていなかったが,デビッド・ボーデン,リン・ロビンソン著(塩崎亮訳,田村俊作監訳)『図書館情報学概論』勁草書房,初版(2019),第2版(2024)が刊行されて,このなかで1章を割いて,ヤアランのドメイン分析(domain analysis)が紹介されてから少し知られるようになった。私自身もヤアランについてはこの訳書を通じて初めて知った次第であり,IEKOを見ているうちに,この人がどういう研究者であるのかについて関心をもつようになった。

彼はデンマークの王立図書館情報学校(現在は,コペンハーゲン大学の教育研究組織の一部に位置付けられている)の教授を長らく務めてきた人であり,1997年に次に紹介する英語の単著を書いて,英語圏中心の図書館情報学世界にデビューした。この表現はご本人にとっては不本意かもしれないが,英語圏からはそう見えたのではないかということである。そして,その本を一読して,これは容易ならざる重要な業績であると感じた。翻訳版の解説で本書を「20世紀の図書館情報学の古典となるべき著作だった」と評したくらいである。ただし,過去完了形なのには意味がある。「古典」は出たときにすぐなるわけではないし,一定の時間が過ぎてその重要性が分かってくるものもある。本書もその類いだと思われる。彼がIEKOで執筆している論の原点は,基本的にこの本で展開されている理論をベースにそれをさらに拡張したものであることがすぐに理解できた。その本とは次のものである。本年初めのブログで簡単に言及している。

Birger Hjørland, Information Seeking and Subject Representation: An Activity–Theoretical Approach to Information Science. (Greenwood Pr. 1997)

この本を日本で紹介しておくことが必要だと考えたので,すぐに翻訳作業に入り,また,出版社との交渉も行った。幸いなことにこの領域の専門書を多数手掛けているA出版社(いずれ公表します)が翻訳出版を引き受けてくれた。翻訳書はこの秋に出ることになっている。翻訳書名は『知識組織論とはなにか—図書館情報学の展開』とした。もともとの書名は『情報探索と主題表現—情報学への活動理論的アプローチ』と訳せるが,30年近くの期間を経て日本で出ることを考慮して決めた。

本書については,5月31日に実践女子大学で開催の日本図書館情報学会春季研究集会で概要について報告する予定である。

根本彰「ビアウア・ヤアラン(Birger Hjørland)の認識論と図書館情報学方法論:知識組織論の可能性」https://jslis.jp/wp-content/uploads/2025/05/202505-Spring-research-meeting-abstract-4.pdf

日本語訳を出版するにあたり,著者ヤアラン氏から「日本語版の序文」をいただいたので,冒頭に掲載することになっている。ここでは,著者および翻訳出版社の許可を得て,この序文の訳をここに掲載する。著者自ら,この本に取り組んだ経緯とそのなかで何に力を入れて執筆したのかについて述べている。

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日本語版の序文 

私の本の日本語版の出版にあたり,この本のアイデアに影響を与え,そして情報学と知識組織論(Knowledge Organization: KO)における私の仕事に影響を与え続けている個人的な背景について述べておきたい。

 私は若い頃から,本,図書館,書誌に興味があった。司書になろうとしたが,高等教育を選んだ当時(1966 年頃),コペンハーゲンの図書館学校では公共図書館の司書しか養成しておらず,研究図書館の司書になるには何らかの専門課程の学位が必要だった。私の関心の先は研究図書館にあったため,心理学を勉強することにした。心理学は,私にとって科学的問題と哲学的問題が一緒にある魅力的なものだった。とはいえ,私は学術的分野に入ったときから,研究司書になることを目指すことに変わりはなかった。

大学での勉強が終わる頃,私はデンマーク国立教育図書館で「ドキュメンタリスト」(今日では「情報専門家」と呼ばれている)の任期付きの職を得て,デンマークの研究コミュニティに新しい電子データベースPsycINFO[心理学データベース]とERIC[教育学データベース]を導入するスカンジナビア全体の実験プロジェクトに参加した。その後,1973 年にコペンハーゲンの王立図書館学校で准教授の職を得て,レファレンス業務とドキュメンテーション,専門書目録,および関連科目を教えた。当時,王立図書館学校(1997 年以降,王立図書館情報学学校(RSLISに改名))は研究図書館を対象とした特別研究プログラムも立ち上げていた。それ以降,研究図書館には 2 種類の司書がいることになった。図書館学校で教育を受けた一般司書と,大学で教育を受けた研究司書(主題専門家)である。

1978 年に,私はコペンハーゲン王立図書館の心理学研究司書として着任した。その職での主な職務は次のとおりだった。

1. 図書館用に外国の心理学の書籍と専門誌を購入すること(デンマークの書籍は図書館のデンマーク部門に法定納本として寄贈された)。

2. 図書館独自の分類システム(UASK[外国部門の体系的な目録])に従って心理学の書籍を分類する。

3. 特に心理学の分野における書籍,記事,情報の検索について利用者を支援する。

4. 特別な任務として,図書館のコンピュータベースのドキュメントおよび情報サービスのコーディネーターとなった。ここには王立図書館の主題専門家が有料で国際データベース検索を提供する部門がある。

1990 年に私は王立図書館学校に戻り,人文社会科学ドキュメンテーションおよび知識組織論(KO)部門の責任者になり,2001 年にはその教授になった。そこでの職務は,社会科学情報に関する研究と教育で,一時期は研究図書館員の専門的トレーニングの責任者も務めた。この主題専門家教育は,制度的/経済的観点から見て,RSLIS(および世界中の同様の機関)の活動においてあまり重要な役割を果たせていなかった。図書館情報学 (LIS) 機関の主な役割は常に,公共図書館司書を教育することだった。これは注目すべき重要な点だ。なぜなら,情報学の分野は,その始まりから科学的および学術的なコミュニケーションと密接に関連していたからである。だから,LIS 職員養成の制度化が情報学の焦点を曖昧なものにしたということができる。

以上のような経歴が背景となっていたので,私が本書を執筆し,その後研究を続ける際に,理論的立場として,次のような諸点を選択することになった。

第1の点として,大規模で野心的な機関としての RSLIS の存在によって,図書館学,ドキュメンテーション,情報分野におけるプロセスとシステムは,常識に基づく実践的な活動だけではなく,図書館情報学 (LIS) の研究に基づくべきものであるという暗黙の見解を抱いたことである。

2点目は,これまでのキャリアを通じて,実践的な問題と理論的な問題を統合してきたことである。さらに,電子書誌データベースを日常的に使用することで,科学コミュニケーションシステムに関する洞察が得られ,分類,索引付け,探索戦略に関する理論的問題を,情報探索に関する私自身の実践的な経験と関連付けて考えることができた。(これは,情報学の研究は情報学者自身にも適用可能であるべきという再帰性の原則に一致している。)

3点目は,主題知識がLISにとって最も重要であるということである。特に次の 3 つの経験があったことでそういう見解にいたった。(a)王立図書館の主題専門家の役割(および,訓練を受けた分野以外でそうした役割を果たそうとする際に直面する困難), (b)RSLISに多くの専門部門が存在すること (例: 科学,社会科学,人文科学,フィクション),(c)主題専門家に対するLIS教育の役割が限られていること。

(a)について。デューイ十進分類法(DDC)などの分類システムを考えると,利用可能な資源がすべての知識分野の最新の分類を提供するにはあまりにも乏しいことは明らかである。王立図書館には,はるかに大規模な専門家チームが揃っていた。たとえば,心理学者の司書はこの分野の発展状況をカバーするし,経済学者も自分の分野をカバーできる。当時,この図書館では,DDCでは図書館の要求を満たすことができないことは明らかになっていた。たとえば,図書館の経済学者は,UASKの分類をJELコード[経済学分類表]を基づいて構築していて(Heikkilä 2022を参照),国際的な主題データベースに接続された分類システムは信頼できる貴重な資源であるというのが主題専門家の一般的な意見だった。この見解は,主題データベースにはその分野を専門とする優れたスタッフを置き,一般的な図書館分類ではなくて最大限の専門文献に基づくべきだという考えからくるものである。

(b)について: RSLISにドキュメンテーションとKOを研究し教育する専門部門が存在したことで,専門的な文献や分類に関する知識を養成する機会が生まれた。これは,司書や情報専門家の実務の基盤としても大いに機能した。これが,こうした人たちがLIS の文献を研究するだけでドメイン固有の知識は不要であると考えるとすれば,それは無知で危険な思い込みに思える。利用者をサポートする司書の能力は,利用者の質問の分野に関する知識に依存する。デンマークだけでなく世界的にも,司書がすべての利用者を支援できるように合理化する傾向がある。短期的には,これによって費用が節約されたが,長期的には,ほとんどの利用者が情報専門家のサポートなしで済ませることを意味する。

(c)について:研究に基づく教育分野としてのLISの重要性は,当然のことながらこの分野が他の分野 (主題知識を含む) に対して貢献する専門的な知識に依存する。当初,LIS 教育が要請された主たる理由は,それが大学教育ではなく中等教育とされたことにある。これは,大卒者の供給が限られており,図書館員の給与コストが大卒者よりも低かったときには重要だった。しかし,状況は変わった。大卒者の供給が増え,LIS 教育は他の大卒者と同じ給与ベースの大学教育になった。重要な問題は,さまざまな主題領域 (たとえば,MEDLINE データベースの索引作成) で LIS の知識を開発してテストすることだが,これはあまり行われていない。したがって,自問すべき重要な問いは,特定の知識領域の専門家が彼または彼女が必要とするドキュメントを識別するのに役立つ知識は何であるかである。この問題を真剣に検討しているLIS専門家は非常に少ないようだ。例外は医療分野で働いている人たちである。

4つ目のポイントは,PsycINFO,ERIC,MEDLINE,Social Science Citation Index などの主題データベースを扱う「ドキュメンタリスト」として仕事をしてみて,伝統的な図書館分類に対してかなり懐疑的な態度をとるようになったことである(DDC についてはHjørland 2025 を参照)。例を挙げてみよう。ある利用者が「代名詞に対する子どもの解釈」に関する文献を求め (1980年頃,つまりGoogle以前)。UASKでは,利用者は子どもの言語や心理言語学に関する何百冊もの本を調べる必要があり,目録には要約や,求められる情報が本に含まれているかどうかの手がかりもなかった (また,本は閉架書架にあり,出納請求があってから 1 日か数日後にしか入手できなかった)。つまり,目録は実際にはこのクエリに関して利用者を支援できなかった。一方,PsycINFOデータベースで検索すると,すぐに要約付きの参考文献セットが提供され,利用者はその中から最も関連性の高いものを選択できる (もちろん,このようなデータベースには「再現率」と「精度」に関するよく知られた問題があるが,私はそれらを図書館サービスの革命的な改善として体験した)。今日,図書館目録はもちろん OPACであり,検索と発注の可能性はいくらか改善されているが,それでも図書館目録と主題データベースの間には非常に大きな違いがある。

5番目の点は最も難しいものだが,本書と私の理論的見解全般にとって最も重要な背景でもある。私がコペンハーゲン大学で心理学を学び始めたとき,米国では行動主義が支配的だったが,当時現象学的心理学が支配的だったコペンハーゲンでは,行動主義はあまり認められていなかった。私が学んでいる間,認知主義,精神分析,人間学的心理学,マルクス主義心理学の諸分野など,他の多くの理論的立場が競合するアプローチとして登場した。ブルーナーが『意味の復権』 (Bruner 1990, p.x-xi) でも述べているように,心理学のさまざまな流派や「パラダイム」はさまざまな哲学体系に深く依存しており,純粋に理論的,経験的に基づいた心理学の存在は幻想であると確信するようになった。これは,心理学の分類やその他の種類の知識組織化システム (KOS) の提供を含む,情報作業のあらゆる側面に重要な意味を持つ。なぜなら,そのような KOS は,必然的に,他の見解を犠牲にして,ある見解 (「パラダイム」) を優先することになるからだ (もちろん,図書館やPsycINFO のようなデータベースの目的は,あらゆる種類の要求を満たすことだが)。

心理学は哲学的見解への依存度が極端に高いように思われるが,これは他の科学が哲学なしでやっていけるかどうかという問題というよりは,程度の問題だと考える。アインシュタイン (Einstein 1949, p. 684) は「認識論のない科学は,考えられうる限りにおいて,原始的で混乱している」と述べた。特に生物系統学においては,種を分類するさまざまな方法がさまざまな認識論に依存していることは明らかである。統計に基づくいくつかの方法は経験論に関係し,論理的区分は合理論に関係し,現代の系統学的方法は歴史主義に基づき,種と人間の活動との関係についての分類はプラグマティズムの認識論を表す。こうした見解は図書館情報学に直接影響する。なぜなら,種に関する書籍やその他の文書は,種自体の分類方法に従って分類されるべきだからである。中立的な分類は存在しない。分類は目的をサポートするために行われるものであり,特定の分類は必然的に,一部のクエリを他の分類よりも適切にサポートすることになる。 (もちろん,化学と物理学の周期律表などの一部の分類は,他の分類に比べてこの議論に対して例外となるが,それでも分類を評価するための最良のアプローチは,その認識論的および形而上学的根拠,ならびに倫理的および政治的含意を明らかにすることであるという考えを取りたい)。

結論として,情報学とは情報資源へのアクセスを最適化することである。情報学は科学哲学,科学社会学,科学的コミュニケーション,概念と用語などを含む広い意味での科学研究の一部となる。さまざまな知識ドメインの情報資源のエクスパートである情報専門家を揃えることは重要だが,同時に,科学研究につながる情報の一般理論プログラムを持つことも同じように重要である。


参考文献

Bruner, Jerome. (1990). Acts of Meaning: Four Lectures on Mind and Culture. Harvard University Press.[『意味の復権: フォークサイコロジーに向けて』新装版, (岡本夏木ほか訳), ミネルヴァ書房, 2016]

Einstein, Albert. (1949). Remarks concerning the essays brought together in this co-operative volume. In P.A. Schlipp (Ed.), Albert Einstein, Philosopher-Scientist. Tudor Publishers, 663–688.

Heikkilä, Jussi T. S. (2022). Journal of Economic Literature Codes Classification System (JEL). Knowledge Organization, 49(5) 352-370. Also available in ISKO Encyclopedia of Knowledge Organization, eds. Birger Hjørland and Claudio Gnoli, https://www.isko.org/cyclo/jel

Hjørland, Birger (2025). Dewey Decimal Classification (DDC). ISKO Encyclopedia of Knowledge Organization, eds. Birger Hjørland and Claudio Gnoli. https://www.isko.org/cyclo/ddc

2025年2月

ビアウア・ヤアラン

(©Birger Hjørland)  

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これを読むだけでも,著者が,きわめて緻密な文章をもって,論理的に議論する人であることが分かる。また,著者はもともと図書館員になることを志望しており,併せて心理学を学んでいることや,20世紀後半の図書館情報学にも心理学にも飽き足りないものを感じて,自ら知の領域である図書館情報学と心理学をうまく組み合わせることによって,独自の情報学認識論ないし科学論を展開してきた経緯についても述べている。

本書が出版される頃に,本書や知識組織論をテーマにした公開シンポジウムを開催することを予定している。詳しいことが決まったらまた報知することにしたい。

ビアウア・ヤアランの『知識組織論とはなにか—図書館情報学の展開』日本語版への序文

 日本の図書館情報学のための基礎理論を打ち立てることを研究課題と考えて,最近いくつかの活動をしてきた。それぞれについてはブログでも一部は報告している。 『図書館情報学事典』 における第1部門「図書館情報学基礎論」の編集 『知の図書館情報学ードキュメント,アーカイブ,レファレンスの...