恒例の月刊『みすず』2021年1月/2月号「最近読んだ本」への寄稿です。
なお、4以外は拙著『アーカイブの思想—言葉を知に変える仕組み』(みすず書房)でも取り上げています。このうち、1は図書館情報学を学ぼうという人は必読の基本書ではないかと思います。(3月22日タイトルを変更)
根本彰(図書館情報学・教育学)
1 アン・ブレア(住本規子ほか訳)『情報爆発—初期近代ヨーロッパの情報管理術』中央公論新社、2018年
原書名はToo Much to Know(「知識の増加に追いつけない」)で、「感染爆発」が現実のものとなった今なら訳書のタイトルはこうはならなかったろう。この本は15世紀に活版印刷術が始まってからのヨーロッパにおいて、爆発的に増えた書物の知識をどのように管理しようとしたのかを克明に明らかにしている。写本の時代には書物と共存していた人間が急激な知識増大に、種々の注解や梗概、欄外注釈、ノート作成、索引や書誌の作成、事典や辞書の編纂で対応した。そして、この知的営為は18世紀末まで 三〇〇年以上続いたという。それにしても、内容をよく理解できない言葉の氾濫を管理しようとすることは、正体不明のウィルスと戦うのとよく似ているのではないか。そして、疾病への対応が臨床医学につながるように、情報爆発への対応は19世紀以降、学校教育、大学、出版、そして図書館の制度化につながっていく。
2 品田悦一『万葉集の発明』新装版 新曜社、 2019年
日本が19世紀後半、開国によって近代世界に足を踏み入れたとき、ヨーロッパが過去四世紀にわたって蓄積してきた近代知が一挙に入ってきたから、「情報爆発」の程度はヨーロッパが経験したものの比ではなかったはずなのだが、たんたんと西洋化が進んだように語られているのはなぜだろうか。そこには明治政府が念入りに準備した知の選択的導入の仕組みがあったと考えられる。そのことを示唆するのは「令和」の年号が決まるときに話題になった『万葉集』である。国民歌集としての『万葉集』が明治以降の「発明」だという視座から、日本では知が倫理や美意識を伴ったカノン(正典)を構築し、これが政治的に利用されてきた状況を明らかにしている。本書は以前から読まれていた研究書だが、改元を機に新装版が出された。
3 伊東達也『苦学と立身と図書館—パブリック・ライブラリーと近代日本』青弓社 2020年
明治期の知の方法の選択導入を示すもう一つの側面として、学校教育と図書館との関係がある。図書館は本を手軽に借りる場、あるいは市民の憩いの場になりつつあるけれども、同時に若い人の試験勉強の場でもあることは今も変わらない。この本で強調されているのは、近代日本で採用された教育観において知が他の価値の道具とされたことである。上位の学校に進むことが立身出世の手段であり、それを駆り立てるために試験が必要とされている。図書館は知の蓄積の場であったはずだが、学校外での試験勉強の場として位置づけられてきた。本書は、明治初年に地方から上京した青年たちが東京書籍館を自学勉強の場とすることから始まる図書館利用が、明治末に帝国図書館と名前が変わった頃から、試験合格そのものが目的に転換していった過程を描き出している。
4 小浜逸郎『日本語は哲学する言語である』徳間書店、2018年
ヨーロッパにおいて知識人あるいは学習者は、蓄積された知から必要なものを取り出すものとされ、そのための方法が発達していた。これに対して、日本では知は外部から注入されてそれを要領よく処理する能力が試験によって序列化される仕組みが発達した。この違いの前提は、知(あるいはそこに仮定されている真理)が言葉のうちに存在しているのかどうかにある。本書は、西欧の知が言葉に真理を認めるロゴス中心主義であるのに対して、日本ではあらゆる語りの相互関係で真理らしきものが決まるという。なるほど、だから日本では書いたものに対する信頼がなくて、密室で何かが決まることが常態化しているのかと納得する。しかしそうなると、ロゴスが失われ、知が手段化した社会において、私たちは何を指標にして生きていくべきなのかその根拠がますます見えにくくなる。
ご案内ありがとうございます。1,4,2,3の順で興味をもちました。1から読みたいと思います。活版印刷術が発明されて写本の時代から、大量に図書が印刷される時代になると、確かに、「感染爆発」のような事態に直面したのかも知れません。COVID-19が想像を容易にしました。現代もその意味で「情報爆発」に直面しているように思います。「情報爆発」は、不確実性を低下させる動きと高める動きが同時に起こるようです。そうえば、「カンブリア爆発」というのもありますが、その環境適応に勝利した種が、隕石の衝突という一つの要素に適応できない破局を迎えます。現代の「情報爆発」は、情報通信技術、人工頭脳AIが勝利するように見えます。図書館は、一緒に破局を迎えないようにできるでしょうか。
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