2021-05-01

オンライン資料の納本制度の改定について(1)

 今年の3月25日に、国立国会図書館(NDL)の納本制度審議会が開催され、その場で「オンライン資料の制度収集を行うに当たって補償すべき費用の内容について」が承認された。この審議に参加した者として、これが何を意味するのかについて解説し、さらに今後の課題について述べておく。

答申のURL

納本制度審議会HP

これは、10年以上前の国立国会図書館長の諮問「平成 22 年 6 月 7 日付け納本制度審議会答申『オンライン資料の収集に関する制度の在り方について』におけるオンライン資料の制度的収集を行うに当たって補償すべき費用の内容について」(平成 23 年 9 月 20 日)に対する答申であり、中間答申「オンライン資料の制度的収集を行うに当たって補償すべき費用の内容について」(平成 24 年 3 月 6 日)を経て、最終的にまとまったものである。なぜ、そんなに時間がかかったのかだが、これはNDLの中長期的な経営戦略と関わっている。じっくり時間をかけて関係者と協議しながら実績をつくり実現させる必要があったということだと思われる。これを理解するには、よく使われる次の図を見るとよい。これは納本制度に関わる資料の配置を示したもので、全体としては図の上に矢印で示してある「有形」と「無形」の区別と右にある「公的機関発行」「民間発行」の区別が重要である。今回の制度変更は従来のオンライン資料の納本範囲を拡げ、そのための合意づくりをしたということにある。















背景

 NDLの納本制度は以前はパッケージ系の資料のみを対象とするものだった。それがこの図の「有形」とある左側の黄色の部分である。これも創立まもない時期から国立国会図書館法の24条から25条の2にある次の資料群(これが一番左の「伝統的な出版物」)

 一 図書
 二 小冊子
 三 逐次刊行物
 四 楽譜
 五 地図
 六 映画フィルム
 七 前各号に掲げるもののほか、印刷その他の方法により複製した文書又は図画
 八 蓄音機用レコード

に加えて、2000年の同法の改正で次の項目を追加している。

 九 電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつては認識することができない方法により文字、映像、音又はプログラムを記録した物

つまり、その時点で電子的なパッケージ系資料を納本対象としたわけである。これは、CDやDVDの形式で文字、音声や映像、そしてプログラムを記録する電子資料が現れて出版物として認知されたことを示している。この当時すでにインターネットが使われていたが、当初は電子メールや電子データ、HTMLによる文字、画像、音声を組みあわせたウェブサイトのようなものが中心であり、まだ出版物に対応するものは少ないと見なされていた。それが、徐々に、学術論文や電子出版物の交換のためのリポジトリが置かれたりするようになり、インターネット上にある電子コンテンツを無視することができなくなった。

そのために、NDLでは「オンライン資料」という概念を新たにつくって、インターネット上にある出版物の一部を納本対象にしようとした。図では、右の「無形」の資料のうち、赤の点線で囲まれた長方形で示されている。納本制度は国および地方公共団体の出版物と民間(私人)の出版物を分けて収集している。これには歴史的経緯があるがここではその議論はしない。国と地方公共団体の無形の資料については、「インターネット資料収集制度」により定期的に自動収集するソフトウェアWARPが動いていて、これによって収集できている。これに対して、民間のものについても収集が必要ということで、「オンライン資料」について平成23年(2011年)館長諮問で、それに翌2012年に中間答申をしたものがこれまでの制度状況である。オンライン資料は、もともとの館法24条から24条の2にある伝統的出版物の「一 図書」「三 逐次刊行物」に当たると考えられる。

オンライン資料収集制度

インターネット等で出版(公開)される電子情報で、図書または逐次刊行物に相当するもの(電子書籍・電子雑誌等)が「オンライン資料」で、NDLでは、2013 年 7 月私人が出版したオンライン資料のうち、無償かつ DRM(技術的制限手段)の付されていないオンライン資料を収集することにした。これが図のオレンジ色の長方形のうちの「A 無償出版物(DRMのないもの)」の部分である。それ以外のオンライン資料については、収集や補償の在り方に検討を要することから、当分の間、国立国会図書館法の規定により、国立国会図書館への提供を免除することになった。だから法的には本来AからDまでのオンライン資料全体が納本の対象だが、検討期間を設けて一番問題がないAの部分の収集を行ってきたということができる。

今回の改正は、さらにB〜Dの部分を納本対象にするものである。いくつかの点について議論があった。

 収集対象について

現在でも収集対象となる無償DRMなしのオンライン資料は外形基準を設けて特定のコード(ISBN、ISSN、DOIのいずれか)が付与されたもの、又は特定のフォーマット(PDF、EPUB、DAISYのいずれか)で作成されたものとしている。これらはパッケージ系の出版物がもっている形式に近いものを選んでいることは明らかである。そして、今回の改正でもこの二つの基準はそのまま適用することになっている。

ここで若干議論になったのは、出版社や報道機関のオンラインニュースサイトやジャーナリズムの記事発信サイトである。新聞は今でも紙のものが出ているからニュースサイトはさし当たってはいいとしても、かつてなら週刊誌や月刊誌で報道されていた記事の多くは現在は新聞社や出版社のサイトから発信されている。たとえば朝日新聞社の月刊誌『論座』は2008年で休刊になり、2010年からWEBRONZA(2019年から「論座」)で発信が始まっている。当然、NDLには紙版のものは入っているがネット上のものは蔵書になっていない。ネット上の「論座」がオンライン資料かどうかだが、上記のコードもなければフォーマットとしてもHTMLであり、どちらにも該当せず今回の納本の対象にならないことが確認されている。

国立国会図書館法25条3にあるオンライン資料の定義は「電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつては認識することができない方法により記録された文字、映像、音又はプログラムであつて、インターネットその他の送信手段により公衆に利用可能とされ、又は送信されるもののうち、図書又は逐次刊行物(機密扱いのもの及び書式、ひな形その他簡易なものを除く。)に相当するものとして館長が定めるものをいう。」とある。それに続いて納本の目的としては「文化財の蓄積及びその利用に資するため」とある。雑誌『論座』が「文化財」として蓄積され同館の蔵書として利用されていたのに対して、その後継の「WEBRONZA」、そして「論座」にある記事が「文化財」ではないと言い切れるのかということである。パッケージ系の逐次刊行物の形式を重視した基準をあてはめればオンライン資料ではないとしても、内容面や文化財の蓄積・利用という目的面から考えて、もっと議論が必要ではなかったかと思われる。

報告書では、オンライン資料全般について出版流通状況の変化等に応じて不断に見直すことが重要であるとされている。今、『論座』を例にとって述べたが、報道機関、言論機関は普段から紙メディアとオンラインメディアを組み合わせて発信している。そのなかで、どれが「文化財」として納本されるべきなのかを含めて、著作者、出版者も含めて議論を継続する必要があるのではないか。なお、市場において DRM が付された状態で流通しているオンライン資料についても、DRM が付されていない状態のファイルを収集するということになっているが、そのためには出版社ないしベンダーの協力なしに進めることは難しいから、今後さまざまな議論を積み化される機会は増えるのではないかと思われる。

収集除外について

もう一つ議論されたこととして、営利企業で構成される組織が運営するリポジトリを、国立国会図書館法その他の適用法規の定めるところにより収集対象から除くことができるものとした点である。ここでいうリポジトリとはオンライン資料をまとめて蓄積管理して外部に提供するところを指している。実は、従来から学術情報の世界では「機関リポジトリ」と呼ばれて大学や学会が雑誌論文を提供していた。それらをまとめて扱っていたJSTやNIIは国の機関であるが、これは納本対象にせずに例外的にそちらに委ねるという分担の政策を採用してきた。今回これに準じて、長期継続性、利用の担保、コンテンツの保全の観点からリポジトリとして認定できるかどうかをあらかじめ確認することが議論された。たとえば電子書籍の販売サイトなどもこのリポジトリに該当するとして納本を回避するようなことがないようにしっかりとした運用を行うということである。併せて、コンテンツの散逸防止やメタデータ連携についても覚書等により担保する必要があるとされた。これらはすでにNDLが全部のオンライン資料を抱え込むのではなくて、しっかりとした運営体制をもったところと連携しながら文化財の蓄積保存を行うということである。

利用等について

納本された資料は有形の図書館資料と同等の利用(同時アクセス制御のうえ館内閲覧、著作権法で認められる範囲内のプリントアウト)は出版ビジネスの阻害や権利侵害には当たらないとして、これまでと同様の館内利用等を行うものとしている。 出版業界には、これが将来的な利用拡大につながるのではないか、特に外部送信に対する懸念や不安がある。これは、同じ時期に文化審議会著作権分科会で、NDLのデジタルコレクションのインターネット上での個人向けの送信を拡大することが議論されていたこともあるだろう。電子書籍の提供についてはNDLがらみで進められているからである。なので、 関係する権利者の利益保護と一般利用者の利便性向上という両面への配慮が必要であることが報告書でも述べられている。また、有形・無形を問わずに日本国内で発行された出版物を統合的に検索する仕組みやアクセシビリティへの配慮が必要である。これは納本制度が国内で出版されたものの網羅的記録となる全国書誌のベースにあることについてオンライン資料についても変わらないということである。

補償について

今回の答申はこの補償の部分が中心であるが、小委員会でも審議会でもあまり議論はなかった。それは、たぶん事前に関係者間で話し合いが行われていて合意があったからなのだろう。しかしながら、全体に補償は行わないという原案が示されたときに少し驚いたことも確かだ。紙の出版物については定価の半額までの補償金が支出されることになっている。これは納本制度が始まった当初、民間のものについて、戦前の検閲のための納本ではないのだから、義務的な納本を要請するのに補償無しはありえないという議論があったことから来ている。それが、「ファイル本体について提供するための複製費用は軽微であり、また、有形の図書館資料と同等の利用を前提とすれば特別な経済的損失は発生しないため、補償を要しない。提供に係る手続費用について、最小限の作業(メタデータ付与、送信等)に限れば軽微であり、また、DRM が付される前のファイル提供を前提とすれば DRM 解除に係る特別な作業は発生しないため、補償を要しない。」となっている。ただし記録媒体に格納して送付する場合の媒体費用と送料については、補償が必要である。要するに実際にコストがかかるかどうかで考えれば全体に無視できる費用しかかからないという考えによる。

これは紙資料の印刷や製本と違って電子的な資料に複製や送信の費用がかからないというところから来ているのだろう。経済学的な限界費用という観点からすると論理的な表現なのだろう。しかし、出版のための費用という視点から考えると制作にかかる費用は印刷、製本、輸送などの物理的なものの経費は全体の一部にすぎず、多くは人件費になっているはずであり、それは電子的資料についても同様である。だから一部余分につくったり送ったりする費用という考えをとらずに、最初から全コストを発行部数で割り、その一部を補償金にするという考え方もあったのではないだろうか。

だが、電子資料についての補償金がいかにあるべきかを考えるには、従来の出版物と異なった考え方をとるというのが、すでに2012年の中間答申であった考え方のようだ。だから、制度収集の実効性を高めるためには、金銭的補償にこだわらず、政策的補償に相当するインセンティブが必要であるとか、著作の真正性の証明、データバックアップ機能、統合的検索サービスから本文情報へのナビゲートがインセンティブとして期待されるというような報告書の記述はそのことを示している。 (つづく)




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