2022-10-24

「出版と図書館を考える」2017年全国図書館大会第21分科会報告

以下は、2017年の全国図書館大会第21分科会での報告に基づいて記録に載せた原稿である。『公共図書館の役割と蔵書 出版文化維持のために 2017年第103回全国図書館大会第21分科会報告集』( 一般社団法人日本書籍出版協会図書館委員会編、日本書籍出版協会、2018)として刊行された。だいぶ前のものだが、今、必要なものかと考え若干の文字修正をしてここに掲載する。なお、この後に大場博幸「図書館所蔵は古書市場に影響するか:発行 12 年後の新書の古書価格と図書館所蔵数との関係」(『日本図書館情報学会誌』64(3), 2018)が出て、そこに先行研究レビューがあってより学術的なコメントがされている。そのレビューにも言及されているKanazawa and Kawaguchi論文は現在オープンになっていて読むことができる。これらの論文については次のブログで言及する。

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出版と図書館を考える

慶應義塾大学文学部教授 根本 彰

これまでの議論

出版と図書館をめぐるこれまでの議論を振り返ってみる。 まず、出版物売上げが継続的に減少していることがあげられる。書籍だけとっても 1997 年をピークにしてそれから 20 年で 29%の減少となっている。また、 それと密接に関わるものとして、書店数の急激な減少がある。

その原因探しとしては、インターネットによる情報提供が日常的な行動になっていて、とくにスマートフォンや携帯タブレットが誰もが持ち運ぶ情報機器になったことが挙げられる。また、出版物流通において、ネット通販、とくにアマゾンが大きな市場を形成している。これは、出版物のネット依存に拍車をかけるものになっているが、期待された電子書籍流通はそれほどの市場を占めることはできていない。それもコミックが市場の 8 割を占めると言われている。

この間、一部の作家・評論家および出版関係者から、図書館の資料貸出サービ スを問題視する意見が出された。図書館の重要性は認めつつも、新刊書の複本を どんどん貸し出すサービスは、書籍売上と著者の印税収入に影響を与えている 可能性があるという意見である。半年、ないし 1 年間、貸出しをしないことを 依頼する文面を書籍に明記したり、その趣旨の発言を行うことがあった。

日本図書館協会と日本書籍出版協会は「貸出実態調査 2003」を実施して、ベストセラーや各賞受賞作品の新刊書籍が図書館でどの程度借り出されているのかを調査した。その結果は、発行後 3 年以上が過ぎた本の「図書館提供率」(貸 出数÷(貸出数+発行部数−所蔵数)が一部の書籍で 5 割を超えるものがあったが、発行後 1 年のものだと多くて2〜3割であった。数値で見る限り、図書 館が市場を侵食しているとはいえないとして、この調査結果は一連の議論を冷却する効果があった。

同じ頃、文化庁では、著作権者の権利を保障する観点から公共貸出権(公貸権) の制定の検討を行った。EU 諸国で制度化されているもので、図書館での貸出しに対して、著作権者に経済的補償ないし別の形でのベネフィットを与えるものである。しかし、これも権利を制度化するところまで議論が進まないままに現在に至っている。

2010 年代に入って、再度、作家や出版関係者が図書館の貸出サービスに対して発言することが増えている。2015 年には、日本文藝家協会主催のシンポジウムで著作者から貸出中心にすべきではないという要望が伝えられた。同年秋の 全国図書館大会での新潮社社長佐藤隆信氏の「図書館の貸出によって増刷でき たはずのものができなくなり、出版社が非常に苦労している」という発言があり、それを報じた朝日新聞記事をきっかけに図書館の貸出が話題になった。10 年前の再現であり、議論はあまり進展していないように見える。

その後の議論

計量経済学的研究が行われ、図書館は出版物販売に負の影響は与えていないとの結果が出されている。

2012 年に中瀬大樹(政策研究大学院大学)は、全国の都道府県と関東地方 の市町村の貸出数と出版物販売数のデータを用いた統計学的分析を行い、都道府県データでは有意な影響関係は認められず、市町村データでは図書館の 貸出が多いと出版物販売に正の影響があるとした。

2016年に浅井澄子(明治大学)及び貫名貴洋(広島経済大学)は、別々の 研究で、図書館の貸出数が書籍販売額に与える影響を計量経済学の手法で分 析した。それぞれ、貸出数の増加が販売数の減少に影響しているように見える が、これは「見せかけのもの」であり、データを補正する手法を導入して詳細 に分析した結果、因果関係は認められなかったとしている。浅井は「公共図書館は、書籍販売に大きな影響を与えるプレイヤーではないと判断される」と し、貫名は「両者(図書館貸出冊数と書籍販売金額)の間に、因果関係の存在を認めることができなかった」と述べている。

この間の議論にはずれが見られる。プロの著作者は自分の作品の売り上げが減っていることから、自分が書いた本が図書館で大量の予約がかかりタダで読まれていることを見聞きし、「生 活がかかっている」という実感に基づく主張を行っていることが多い。最近の 文芸書を出している出版社の主張もそうした重要商品の売り上げが減っていることを問題にしている。図書館についての言及は狭い範囲の経験に基づいていることが多く、図書館が販売に影響を与えているとの主張の根拠はかなり曖昧である。

これに対して、図書館関係者は、図書館は売れる本も売れない本も含めてコレクションとして書籍を貸出しているのであって、総合的に見て出版販売にはマイナスの影響はないと主張することが多い。また、作家や出版関係者、あるいはマスメディア関係者の目に付きやすい東京都特別区や首都圏の一部の 図書館は、例外的な図書館運営をしているところで、全国的にみればそれほど の貸出量にはなっていないと主張する。

また、計量経済学的手法に基づく学術研究については、執筆者も述べている ように、きわめてマクロな調査に基づいているので、問題になっている文芸書 やベストセラー書などを取り出しての議論ではない。このあたりに議論がずれてくる理由がある。また、複本という言葉が 1 図書館あたりの同一本なのか、1 自治体あたりの同一本なのかについても曖昧なままの発言が多く、混乱させた理由の一つであったかもしれない。

書籍販売と書籍貸出の関係について考える。 文芸書の複本による貸出が問題になり、プロ作家や文芸書系出版社が発行後まもない時期の貸出を抑制したいという発言が多かったが、これまでそうした図書の販売数と図書館の所蔵数、そして、貸出数の三者の相互関係を検討した調査は先ほど挙げた「貸出実態調査 2003」しかない。所蔵数のみは「カーリル」等のネット上のツールを使えばカウントできるが、それ以外のデータが公開されていないからである。かつて実施したように、再度図書館関係者と 出版関係者が協力して販売数と貸出数のデータを出し合い、実態がどうなのかを調査すべきであろう

ただし、2003 年調査およびそれと類似の調査(伊藤 2017)等を基にしてある程度の推測をすることは可能である。以下は私見も交えたこの問題についての意見である。

出版後の販売の立ち上がりにおいて、書店に並ぶものに対して、図書館はど うしても後追いになる。1 自治体での購入は 1 冊から始まることが多く、需要が見込めそうな著者のものなどが数冊入る程度である。あとは、予約が入るのに対応して購入していくので、どうしてもタイムラグが生じる。利用者にとっ てはリクエストした書籍が入手できるまでにはかなりの時間(早くて数ヶ月、 遅いと1 年以上)がかかる。

これを次の図(根本 2004 p.21)で見ると、販売数と貸出数は一般的に図のような分布になる。これはベストセラー的なものを念頭においているが、販売数と貸出数のピークの高さの違いや相互の距離の違いだけで、どんな本でも両者の関係はこれに類似した分布となる。この図は、図書館がゆっくりと時間をかけて著作物を提供する機能があることを示している。これを図書館の遅延的文化伝達作用と呼ぶ。


 確かに、出版後、間もない時期でも一定の貸出数があることは事実である。この図でも販売数と貸出数を総数で比較すれば同じくらいになる。だが、図の T1 の時点なら、販売数が貸出数よりはるかに多い。図書館がもつ遅延的な文化作用 は、時間をかけて読者(=消費者)を形成することに結びつく。

このような作用が実現されている例として、児童書の領域がある。児童書は各図書館で複本をもって貸出しに供されているが、それに対して児童書の作家や児童書出版社が批判することにはなっていない。むしろ、両者は相互に信頼し合いながら、「子どもたちによい本を読ませたい」という方向で協働の関係になっていると考えられている。

これは、1950 年代以降の家庭文庫や地域文庫運動があり、それを石井桃子『子どもの図書館』(1965, 岩波新書)が媒介することによって、公共図書館にきちんと組み込まれたという歴史をもつからである。児童書出版にとって、図書館は 大きな市場でもあり、複本提供による貸出しの拠点ともなり、また、消費者としての読者を形成することによって書店市場への影響力も大きい。さらに重要なのは、この関係が次の世代の読者形成に寄与していることである。

今後の課題 

現在、図書館では、資料提供を核にして、レファレンスサービス、障碍者支援、子どもの読書推進、学校支援、広場・出会いの場づくり、地域の課題解決支援、 生活支援(コンシェルジュサービス)などの多様なサービスを行う方針が明確になってきている。2012 年の文科省「図書館の設置及び運営の基準」が出てこうした方向が確認されている。

つまり、すでに貸出中心のサービスは旧式のサービスモデルになっている。ただし、新しいサービスへの転換はかなりのコストがかかることであるので、移行 には一定の時間がかかるものと思われる。

真の問題は、書籍出版が生き残るのかどうかであることは多くの関係者の思いが一致しているはずだ。戦後教養主義の崩壊、活字世代の高齢化、10 代の活字離れといった問題があり、このままだと書物文化を支えた層は徐々に退潮して、それにとって代わるものがない未来が予測される。デジタルミレニアル世代は明らかにネット依存であり、このことについてアメリカでは深刻な学力低下に警鐘をならす議論が起こっている。(カー 2010)

「書物文化」の再定義の必要性がある。短期的な情報・データではない、蓄積し、時間をかけて受容すべき知識・知恵とは何であり、それが紙による書物でしか媒介できないのかどうかについて、また、デジタルネットワーク時代においての位置づけをどのように確立して新しい「書物文化」提供システムをつくるかについて、著者、出版社、書店、ネット、図書館、教育機関のすべてが担い手になって検討すべきである。


<参照文献>

浅井澄子「公共図書館の貸出と販売との関係」『InfoCom Review』Vol.68, 2017. Also the same In: 浅井澄子『書籍市場の経済分析』日本評論社, 2019, p.101-118. 

伊藤民雄「出版流通と図書館:東京都の公立図書館の調査を通して」図書館問題研究会64回研究大会 第4分科会(2017年6月26日)発表資料 

貫名貴洋「図書館貸出冊数が書籍販売金額に与える影響の計量分析の一考察」 『マス・コミュニケーション研究』No.90, 2017.

カー, ニコラス・G. (篠儀直子訳)『ネット・バカ:インターネットがわたしたちの脳にしていること』青土社 2010. 

中瀬大樹「公立図書館における書籍の貸出が売上に与える影響について」2011 年度政策研究院大学大学院修士論文 http://www3.grips.ac.jp/~ip/paper.html#paper2011 

根本彰『続・情報基盤としての図書館』勁草書房, 2004.


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