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2024-04-22

探究を世界知につなげる:教育学と図書館情報学のあいだ(2024年6月18日一部修正・注付与)

表題の論文が5月中旬に出版されることになっている。それに参加した感想をここに残しておこう。それは今までにない学術コミュニケーションの経験であったからである。

大学を退職したあとのここ数年間で,かつてならできないような発想で新しいものをやってみようと思った。といってもまったく新しいというのは難しいが,少し角度を変えるとか切り口を変えることならできそうだ。その前にやっていた学校図書館研究とアーカイブ思想研究を発展させるとどこかでつながるのではないか。

出版の経緯

ということで,京大にいた川崎良孝氏にお誘いを受けて,「相関図書館学方法論研究会」のシリーズ本《図書館・文化・社会》の第9巻『図書館思想の進展と図書館情報学の射程』(2024年4月刊行,松籟社)に論文「探究を世界知につなげる:教育学と図書館情報学のあいだ」の執筆をした。これはおもしろい経験だった。というのは,以前からこのシリーズが気になっていたからである。何人かの研究会メンバーがオリジナルな論文を発表するものだが,関心があったのはなぜこの形式をとるかということである。

それは2点ある。一つは学術論文の発信の仕方に関してである。通常なら,査読誌に書くべきものなのだろうが,それが単行書の論集本として刊行されている。なぜこの形式をとるのか。やってみて思ったのは,すでに査読誌には何本も書いており,今更そういうものに書く動機付けがそれほどない中堅・ベテランの研究者にとってはこの形式は悪くないということである。シリーズの趣旨の枠内で好きなテーマで書くことができる。それもページ数の制限はゆるやかである。人文社会系の場合には査読誌が要求する制限は少しく厳しく感じ,思ったことが表現できないもどかしさがある。

しかしながら,そうしたある意味で人文系研究者のわがままのままに書いた論文を複数掲載した論集を商業出版社から出版することが可能なのかというのが第二の関心である。これについては,川崎氏の創意と工夫,そしてご好意に感謝せざるを得ない。【以下は筆者の個人的見解によるのであり,本当のところは不明のところもある。】これが松籟社という商業出版社から比較的安価で出版できている理由は,編集プロセスを執筆者の自己編集と当該研究会メンバープラスボランティアのサポートによると考えられる。安価というのは,今回の巻は,A5判233ページの上製本で税抜きで2800円という定価になっている。税込みでも3000円ちょっとというのは,今の学術書のマーケティングを考えると3〜4割程度安いと思われる。

一定のフォーマットが指示されて,それに合わせてMSWordで原稿を書いた。提出にあたっては出版された版面と形式的に同等のものが要求された。もちろんWordなので,編集過程のどこかで印刷のための変換が行われているわけだが,通常,編集者が行うフォントや文字・数字などの形式面の修正をできるだけしないようにという事前の配慮が徹底していた。このことは今後の出版を考えるのに重要である。というのは,従来,人文社会系においては,原稿はかなり乱暴に書いて,校正時に直すというような(悪しき)習慣があった。たぶん手書きのときの慣習がそのまま残されていたものと思われるが,これは編集者にとってかなりの負担になっていたことは確かである。逆に言えば,完成稿に近いものを提出すればそうした余分な作業が省けるわけである。もちろん,最初から完璧な原稿を出すことは難しく,校正の過程でこちらも幾分かの修正を行ったし,川崎氏を通じて抄録や索引の作成や著者紹介執筆の依頼があった。だが筆者の過去の経験から言っても,相対的に編集の手間は少なくて済んでいたものと思われる。つまり,この出版物には編集費の部分が極力抑えられていることが出版できている要因であるし,価格が低く抑えられている理由でもある。

ということで図書出版が難しくなっていると言われるなかで,こういう手法で学術出版が可能なのだということを知った次第である。ただし,これは要するに同人雑誌を商業図書として出版するということであるから,可能にするための条件はそれなりに厳しいだろう。まずは,論文の質ということである。これが学術的にも商業的にも一定レベルを超える質的条件を備えている必要がある。質的条件についてそれが何なのかは書いた当事者であるし,今のところはコメントできない。商業的条件で編集費用の低減については上に書いたとおりだが,たぶん,これが図書館関係書であることから一定数の図書館で購入してもらえそうということも大きいようにも思われる。質にも関わるが,先に述べた執筆の要件を満たすことができる書き手が揃うことも重要な要件だろう。要するに,編集の手間を減らすためには最初から編集のある部分を執筆者が担うことが必要となる。

論文について

学校図書館研究とアーカイブ思想研究をつなぐという構想は自然に出てきたものである。もともとルーツは一緒であり,表現の局面が違っていただけである。今回は,戦後新教育における学校図書館の位置付けをジョン・デューイの探究思想に求め,それが,政治思想史や教育思想においては,西洋のアーカイブ思想におけるクリティックや文献学という形をとると説明されていたものに対して,図書館情報学的な研究の蓄積を対置させて論じた。抄録と目次を示しておく。

【抄録】
学校図書館を理論的制度的に位置付ける作業の一環として、学校図書館が知を媒介する作用をもつことを示す(図書館)情報学的な理論装置を検討した。その際に、ジョン・デューイの道具主義的教育論の基底にある探究(inquiry)概念が世界知(accumulated wisdom of the world)への志向性をもっていることに着目し、それを,レリヴァンス(relevance),データ・情報・知識・知恵のヒエラルキー(DIKWピラミッド)、ドキュメントと書物の関係、読者反応理論とメタファーとしての知、客観的知識論とドメイン分析、社会認識論(social epistemology)の6種類の理論装置から検討する方法をとった。最終的には、ドメインとしての学校における知識組織のあり方を分析することにより、世界知への方向付けをもったカリキュラム構築の一助になることを述べた。(本書 p222-223.)
 
【目次】
はじめに
1. デューイから始める学校図書館
1.1『学校と社会』の学校図書館
1.2 図書室が学習の場とされる理由
2.学習者と世界知をつなぐ
2.1 探究と世界知
2.2 系統主義の教育学
2.3 21世紀の教育課程の課題
3 図書館情報学のアプローチ
3.1 方法的概念としてのレリヴァンス
3.2 データ,情報,知識,知恵
3.3 ドキュメント
3.4 読者反応理論と知のメタファー
3.5 客観的知識とドメイン分析
3.6 社会認識論の可能性
4.探究を解明するための知識組織論
おわりに 

これ以上は,読んでいただくほかないが,「探究」と「世界知」をつなぐ道具立てについて,20世紀後半から21世紀にかけて欧米で議論されてきた6種類の理論装置を用いて説明している。これらは,日本では散発的に紹介されたにすぎず,それも関心をもった研究者が一時的に論じただけである。全体像および現在の理論水準についてはまったく議論されたことはなかった。本稿では,そうしたものについて,筆者の目から見て使えそうなものを整理して提示することにした。

筆者がアカデミアに入ってすぐに惹かれた書誌コントロールの理論家にジェシー・シェラやパトリック・ウィルソンがいたが,今回関連してドン・スワンソンの業績もまたその系列でとらえ,全体像を把握しただけでなく,そうした議論が現在の社会認識論につながることについても見通しを得た。また,米国の情報学とヨーロッパのドキュメンテーションをつなぐ理論家として知られるマイケル・バックランド,生涯を通じてレリヴァンス論を柱に情報学を追求してきたテフコ・サラセヴィック,論理学的思考を導入することで図書館情報学の可能性を拡張しようとしているマーティン・フリッケ,そして,デンマークで多様な情報学ツールを一つのステージで整理しようとするビアウア・ヤアラン(注)らが学術的基盤をしっかりとつくってきたことが現在の情報学進展のバネになっていることを理解できた。さらには,図書館情報学が,スティーヴ・フラーらの社会認識論やルチアーノ・フロリディの情報哲学,ルイーズ・ローゼンブラットの読者反応理論などと関連していることや,より基盤的な分野として,カール・ポパーの客観的知識論,ジョン・デューイの教育哲学やアルフレッド・シュッツの現象学的社会学とのつながりがあることを確認できた。

ここで紹介した理論装置は(図書館)情報学という領域がもつ可能性を示すものであるが,実は多くが筆者よりもさらに年長の研究者によって展開されたものだ。特に,20世紀後半から21世紀早々の時期に活躍したバックランド,サラセヴィック,フリッケ,ヤアラン(注)らの知見に啓発されて,知識資源システムという大枠を設定し,ドキュメントやアーカイブ,レファレンス,レリヴァンスといった概念を再検討して,図書館情報学を進展させるための分析ツールとした。そうしたものを日本に紹介することは,本来,筆者を含めた同世代の研究者に要求されたことだったはずだが,ほとんどできていなかった。これはまったく恥ずべきことだったとは思うが,領域が広大で多様な議論が多様な方法をもって論じられていたことに気づくのが遅れ,対応できていなかった。

現在,この論文をさらに展開した形での著書を準備中であり,近い将来刊行される予定である。もとより筆者個人の能力の限界故にできることに限りがある。その意味で,今やっていることは今後の研究者に引き継ぐときに道しるべとなればいいという程度のものとして展開しているのである。

デンマークの情報学者Birger Hjørlandのカナ表記をこれまでの「ビルギャー・ヨーランド」から「ビアウア・ヤアラン」に変更する。これは,デンマーク語に詳しい方複数名に確認して決めたものである。近々,デビッド・ボーデン,リン・ロビンソン『図書館情報学概論』の第二版の翻訳書(勁草書房)がでることになっていて,そこでもこの表記を使うことを訳者塩崎亮さんとも確認し合っている。(2024年6月18日に変更追加)


謝辞

本論文の執筆にあたっては,機会をくださった川崎良孝氏および相関図書館学方法論研究会の皆さんに御礼申し上げたい。



2024-04-13

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2024-04-05

クイズ:NHK総合の「時論公論」の背景図書館はどこか?

以前から話題にはなっていたのですが,NHK総合でやっている「時論公論」という解説番組で,タイトルバックの写真が印象的な図書館になっています。NHKの同番組のHPにもその写真が使われています。(画像は解像度を落として掲載しています)これがどこの図書館なのかというのがクイズです。







最初に見たときにストックホルム市の中央図書館と思ったのですが,少し雰囲気が違う感じです。「時論公論 背景 図書館」でググると(という表現を初めて使った国際教養大学中嶋記念図書館という説もありました。そういえば,円形のスペースに木材を組み合わせた感じが最近できた石川県立図書館とか,軽井沢風越学園も似ていてようやくそれらの共通点に気づきました。これらは,「仙田満(+株式会社環境デザイン研究所)」が設計に関わった建築物なのですね。しかし,違います。


さて,正解は。。。。

Google検索でネット上にある情報を手がかりにするとどこまで迫れるかを見てみます。

最初にまとめて出てきた<Yahoo! 知恵袋>には,ストックホルム市立図書館,国際教養大学付属図書館以外に,武雄市立図書館マリア・ラーハ修道院(ドイツ)という情報がありました。ストックホルム市立図書館を挙げるものはにもありました。でもこれは,Yahoo!知恵袋を見てのように思えます。

ネットコミュニティBeachに次のような情報もありました。

「iconすっかり騙されてたかも時論公論の背景の図書館をAIチャットくんに 聞いてみました

(時論公論の背景に使用される図書館は、NHK放送センターの中にある仮設のセットです。実際の図書館ではありません。)」

近いけど違います。

実は正解はインターネットでは得られません。もしかしたら2020年から2021年にかけてのSNSに情報があったかもしれませんが,今は見れませんし,遡っての検索もできません。ここまで挙げられた図書館は似てはいるがよく見ると違うことは明らかです。「違う」とは言えても「同じ」ということはなかなか難しいです。なぜなら,似たような建物の写真はあるし,最近はフェイク写真が横行しています。ネットなどから間接的に「正解」を「得る」ことは思った以上に難しいのです。

さて,正解(らしきもの)を示しましょう。それは,バーチャル映像だということです。

朝日新聞2020年10月27日朝刊に「はてなTV」という欄があり,そこにテレビ好きの間でこの背景画像が話題だけどどこの図書館かを知りたいというクエスチョンがありました。回答として,担当のチーフプロデューサーの発言として,2020年4月から「バーチャル映像」に一新したとあります。また,「背景の図書館は番組オリジナル」だが,「ストックホルム市立図書館,ブラジルの『幻想図書館』,東京の東洋文庫.....」を参考にしたとしています。

正解(らしきもの)としていますが,それは,朝日新聞記事としてあることが理由です。担当者の人名を出しているので取材をしているのだろうと検討をつけることができます。ただ全国紙の記事だから本当に信用できるのかどうかについては留保が必要だということで「(らしきもの)」としました。これについてはメディアリテラシーでさんざん議論されていることですが,間接的な情報に従うより,直接的な取材と新聞社の信用によって裏付けられる例です。

担当者が挙げていたブラジルの『幻想図書館』とは,植民地時代のブラジル・リオデジャネイロにポルトガル移民たちが設立したポルトガル王室閲覧室をかたどった図書館で,その書架の圧倒するような部分をコピーしているのかもしれません。東洋文庫も書架については同じような印象があります。

さて,ネットでは正解にたどりつけないと書きましたが,ではなぜ私は正解らしきものにたどりつけたのか。まず,手がかりはやはりGoogle検索です。先ほどの検索でひっかかったのが,

2020年10月27日朝刊 朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com › shimen
2020/10/27 — (はてなTV)「時論公論」の図書館は? 有料会員記事. Q 本、テレビ好きの間でNHKのニュース解説番組「時論公論」の背景画像が話題です。とても ...

というスニペットです。これをクリックすると

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URLが誤っているか、公開期間を終了した可能性があります。

となって,それ以上は読めません。つまりすでに削除されているということです。これを読むためには,朝日新聞の有料データベースを使う必要があります。これは,図書館で契約しているところがけっこうあるので,読むことができるというわけです。

以上で分かることは,ネットにある情報は間違いがかなりあるということ,AIも怪しい。また,ネットと図書館とを組み合わせれば,正解(らしきもの)に到達できることです。

なお,Chat GPTを試してみたところ,次のような回答でした。

Q:NHK総合の「時論公論」の背景図書館はどこか?

A: 2022年1月時点での情報に基づいてお答えしますが、NHK総合の番組「時論公論」の背景となる図書館の具体的な場所や名称は、一般的な公式情報として提供されていない可能性があります。番組の制作スタッフや舞台セットのデザイナーが、背景となる図書館のイメージをデザインし、実際の場所をモデルにしたり、架空の設定に基づいて作成したりすることが一般的です。

番組の公式ウェブサイトや公式発表、番組制作に関わるインタビューや舞台裏の情報などが、このような背景設定に関する詳細を提供する可能性があります。しかし、具体的な図書館の場所や名称が番組の中で明示されていない場合もあります。

番組の制作側が背景として使用する図書館についての情報を入手したい場合は、NHKや番組制作会社に直接問い合わせることが適切な方法となります。

こちらは「AIチャットくん」よりは分からないことを分からないと言っている点で誠実で親切ですし,「架空の設定に基づいて作成したりするのが一般的」だとして正解にぎりぎり近づいています。しかし,ネットにない情報を提供することはできないということでしょう。

以上,ネットリテラシー,メディアリテラシーのおさらいを兼ねた図書館建築論でした。先の,プロデューサーの言に「14年間続いている番組なので,その積み重ねを表す『知の集積』として,図書館というモチーフを選択しました」とあります。しかしながら,これには疑問をもたざるを得ません。テレビ番組のどこに「積み重ね」があるのだろうかという疑問です。14年続いても今見れないのなら,積み重ねとは言えないでしょうに。

もしかしたら,番組作りが知の集積をベースにしているという意味なのかもしれません。数年前に,朝日新聞社の資料室担当の方に話しを聞きに本社ビルに行ったことがあります。そこでは,政治部とか社会部,経済部といった現場取材の記者のフロアと別のフロアに,資料室と解説員室がありました。つまり,生の情報を処理する部門とそれらをもとにして解説的な情報発信は分けられていて,資料室は解説報道といっしょにされています。NHKの場合も実際に資料室等が置かれているのかは知りませんが,少なくともこの写真は,解説報道のシンボルとしての図書館を表象しているのかもしれません。