2019年の『教育改革としての学校図書館』(東京大学出版会)の続篇として,『図書館教育論』(東京大学出版会)がこの8月(奥付の日付は8月23日)に刊行されました。
「主体的・対話的で深い学び」=探究学習の原形はすでに戦後間もない時期の学校図書館の運営法の議論のなかに含まれていた。本書では学校図書館を探究学習に活かすための示唆や教育課程に取り入れることの可能性を戦後の図書館教育実践を辿ることで浮かび上がらせる。
これがうたい文句です。学校図書館は,司書教諭と学校司書という2種類の職員体制。司書教諭の多くは教員の充て職であり時間調整もなく機能しにくい,学校司書は養成体制すら正式には決まっておらず,多くは非正規職員で,それも一人の職員が複数校勤務というような状況。こうした職員体制の問題点が当の関係者だけでなく,大手マスコミ,SNSでも指摘されています。この状況の根本的な見直しをするには,なぜこのような捻れたものになったのかについての理解なしに不可能です,
本書は前書よりも踏み込んで,戦後教育改革において学校図書館を活かそうとする探究的な学習への仕掛けがあったのにも関わらず,昭和33年公示の学習指導要領の前後にそうした経験主義的な教育の営みがつぶされた過程を明らかにします。教育史ではコア・カリキュラム運動が戦後教育改革の申し子として語られますが,図書館教育というもう一つの核があったことがすっぽり抜けていました。図書館教育は学校図書館の場を舞台にして教育課程全体を経験主義的な(ジョン・デューイ的な!)ものに作り替えることを意図していました。それは日本の教育が国が決めた教育課程と教科書によって統制されていることに対して,学ぶこと,知ることはもっと自由でよい,それには学ぶための環境を整備し学ぶ方法を学ばせることを宣言したものでした。
これまで1948年の『学校図書館の手引』の作成とその伝達講習会によって戦後学校図書館行政が始まり,学校関係者の働き掛けで学校図書館法がつくられたというストーリーで語られてきました。そうした運動的側面は無視できませんが,文部省が教育課程に学校図書館を組み込み学び方を学ぶための図書館教育というもう一つの仕掛けがあったことは忘れられていました。本書はそれが文部省や各地の教育委員会が設定した実験学校で実施された経緯とそこでどのような教育課程がつくられ試されたのかについて詳細に明らかにします。また,これの中心になった文部省の担当官深川恒喜の思想や行動を分析して,これがどのような性格のものだったのかを明らかにします。
しかしながら,図書館教育はうまくいきませんでした。それは教育史の流れとしては,冷戦の始まりとともに教育課程が経験主義教育から系統主義への転換があり,とくに1958年告示の学習指導要領においてそれが明確になったことがあります。しかしながらこの指導要領においては学校図書館を教育課程において位置付けることも行っていて,1950年代から1960年にかけて図書館教育はまだ学校においても継続実施されていました。本書では,この戦後教育改革の過程を記述し、文部省だけでなく,日教組,帝大系大学教育学部,新制大学の教職課程,そして教育系諸学会が挙げてねじ曲げた経緯を「教権」という用語を使って描きます。教員が教育課程を取り仕切る考え方がこの時期につくられた結果,学校における司書教諭や学校司書のような教員と見なされにくい職員の位置付けが曖昧にされたことがあります。
また,本書は,近年の一連の教育課程,教員処遇の見直しは,1946年に始まり1950年代に頓挫した戦後教育改革が,実は現在も続いていることの確認でもあります。学校図書館関係者は自らが戦後教育改革の正統であることをもっと誇ってよいと考えます。本書は戦後の教育課程行政,そして教育学に対する(弁証法的意味での)アンチテーゼであり,学校教育関係者はこの挑戦に答える義務があると考えます。
このブログで報告したものをまとめて考察し直したということもできます。次のところをご覧下さい。
索引が事項索引のみとなっています。
人名索引は次のファイルとして置いてありますので,これをB5判でプリントアウトして二つ折りにして挟み込むとちょうどよい大きさになりますので,お使いください。(8月26日追加)
また,目次も全体的なものと詳細目次の2種類を挙げておきます。
詳細目次
第Ⅰ部 学校図書館問題とは何か
第1章 学校図書館をとらえる視座
1 デューイの学校モデルを起点として
探究と図書館
教育DX,探究学習,学校図書館
探究学習のモデル
2 図書館教育をとらえる視点
これまでの学校図書館史研究
本書の概要
第2章 戦後学校図書館政策のマクロ分析
1 政策論の必要性
2 先行研究の確認と研究方法
先行研究
研究方法
3 第一期(戦後教育改革期、1947-1958年)
問題の流れ—『学校図書館の手引』と学校図書館運動
政策の流れ—文部省内の議論
政治の流れ—学校図書館法成立まで
4 第二期(日本型教育システム期、1958—1987年)
問題の流れ—学校図書館の職員問題
政策の流れ—学校図書館行政の進み方
政治の流れ—法改正の挫折
5 第三期(二一世紀型教育改革期、1987年—現在)
問題の流れ—新自由主義における教育の見直し
政策の流れ—読書推進の政策展開
政治の流れ—二度の学校図書館法改正
6 学校図書館政策の窓はどのように開くのか
第II部 図書館教育という課題
第3章 戦後新教育における初期図書館教育モデル
1 戦前の図書館教育
2 戦後図書館教育のきっかけ
『学校図書館の手引』(1948年11月)
「学校図書館基準案」(1949年8月)
3 東京学芸大学附属小学校(世田谷校)(1948一1949年)
実験学校としての師範括弧ク附属校
図書館教育の位置付け
4 図書館教育論の拡がり
雑誌『図書教育』における議論(1950年6月)
天理学園図書館研究会(1950年2月)
全国SLA図書館教育カリキュラム(案)(1956年3月)
5 阪本一郎と図書館教育研究会
図書館教育研究会の図書館教育
図書館教育と読書指導との関係
『読書指導ハンドブック』(1956年10月)
6 『学校図書館運営の手びき』(一九五九年一月)
7 図書館教育と読書指導の関係
第4章 図書館教育の実際
1 新教育カリキュラムとコア・カリキュラム運動
アメリカのカリキュラムの紹介
コア・カリキュラムとは何か
資料単元と学校図書館
2 図書館教育実践の準備過程
3 甲府市立南中学校の図書館教育(1949-1952年)
山梨県内新制中学校の実験学校
甲府市立南中学校の図書館教育
山梨県内の図書館教育
4 東京都港区立氷川小学校の図書館教育(1953—1954年)
氷川小学校と久米井束
氷川小学校の図書館教育
専任司書教諭としての増村王子
5 川崎市立富士見中学校の図書館教育(1952―1955年)
新制中学校の学校図書館
実験学校における読書指導
教科学習と学校図書館利用
幻の図書館教育モデル
6 栃木県立栃木女子高等学校の図書館教育(1955-1956年)
第5章 図書館教育の帰結
1 一九五〇年代の図書館教育
図書館教育実践が示唆するもの
図書館事務簡素化の試み−豊島区仰高小学校(1957-1958年)
1958年学習指導要領前後の政策
2 資料センター論と読書指導
資料センター論と大田区立田園調布小学校(1962-1953年)
横浜市立本町小学校の読書指導(1963-1964年)
3 「教科と学校図書館の結びつきをはばむもの」
第III部 図書館教育が実現されるには
第6章 文部省初代学校図書館担当深川恒喜の図書館認識
1 分析の視点
2 宗務官時代と宗教観
3 学校図書館担当時代
『学校図書館の手引』の編集
学校図書館担当者としての問題意識
学校図書館振興の方法
アメリカ視察旅行
学校図書館運動と地方教育委員会との連携
学校図書館法の成立
日本的学校図書館の始まり
経験の実験室
4 道徳教育調査官時代
学習指導要領改定と教科調査官への配置換え
学校図書館に対する考え方
教材センターについて
道徳教育調査官として
5 「図書館教育の復権」
深川の事績のまとめ
深川の図書館観
後継者井沢純の思想
示唆するもの
第7章 二一世紀の教育課程につなぐために
1 担い手の問題
県教委専任司書教諭制度の挫折
沖縄の学校図書館
山形県鶴岡市の図書館活用教育
岡山県岡山市の学校司書配置
千葉県市川市の学校図書館政策
2 探究学習のための学校図書館は可能か
図書館教育の教育課程上の意義
教権の桎梏
教育DXの問題
3 リテラシーからメディア情報リテラシーへ
図書館教育の復権
リテラシーとコンピテンシー
4 学校図書館のリーダーシップ論
学校図書館の担い手問題再考
チーム学校の一員としての学校司書
学校図書館指導者の重要性
補論 学習リソース拠点の提言
あとがき
文献一覧
索引
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