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2024-07-30

知識組織論研究会(KORG_J)について

 IEKO(知識組織論百科事典)の関連項目を読む公開読書会である知識組織論研究会(KORG_J)を当面2年間3ヶ月に一回開催することにしました。



知識組織論とは何か

知識組織論(Knowledge organization)とはさまざまな解釈が可能な用語です。哲学的立場からすればこれは哲学自体が担っているということになります。あるいは哲学的立場と社会学的立場をルーツにもつ社会認識論(Social Epistemology)こそが知識組織論であるという考え方もあります。もっと実学的な分野としてはナレッジマネジメントという経営学の分野があり,経営組織において情報や知識をどのように組織化するかが以前から述べられてきました。

日本の図書館情報学の文脈では知識資源組織化とか情報資源組織化という用語が用いられていました。目録法,分類法,件名法といったものです。「資源」がついているのは知識そのものを扱うのでなくて,知識はその担体(容れ物,メディア)の属性としてあり,知識そのものよりも担体を扱うことにしているというのが通常の扱いです。ただし,日本で一般的には知識資源のメタデータや情報システムにおける扱いが中心であり,知識と知識資源との関係を議論することは久しく行われていませんでした。つまり,どのような分類法が望ましいのか,メタデータは知識資源のどのような属性を取り扱っているのかといった理論的部分です。これは欧米でも基本的にはそうでした。

しかしながら,オトレ,ラ・フォンテーヌの国際十進分類法(UDC)やランガナータンのコロン分類法など,分類法には知識を多面的にとらえて表現する方法の開発の試みがありました。20世紀中頃からイギリスの分類論の研究グループ(Classification Research Group: CRG)もまた,知の属性を扱う方法としての分類法に焦点を当てて議論していました。ファセット分類法はその成果であり,知識の属性を多面的に扱ってそれらを組み合わせて表現する方法です。国際知識組織論学会(International Society for Knowledge Organization)は,ヨーロッパにあったそれらの流れを汲んで,1989年に成立した学会で,図書館情報学的なものを中心にしながらも,哲学や心理学などの知識を扱ってきた領域と知識の開発を行ってきた主題領域と関わりながら,知識組織化システムを開発しようとしている学会です。現在,事務局はカナダのトロントにあり,世界的な展開が行われています。

この学会の特徴は,情報システム開発に対する技術的関心の基盤に,知識資源組織化で培ってきた図書館情報学での議論の蓄積に加えて,20世紀を通じて知識組織論の基礎理論が構築されつつあり,それらを重視していること,さらに,個々の領域に特有の知識獲得の方法や知識共有の構造があるとの前提をミックスして議論しようとしているところにあります。とくに知識組織論の基礎理論とは,テキストを中心とする知識の担体は何らかの知を表現するものであり,知は人間の営みですから人文・社会科学的な基盤についての関心がもたれてきたということです。また,これらの観点や方法を総合化しようという志向性もあります。それは,知識の総合化も知識組織論の重要なテーマであるからです。

研究会の進め方

日本での知識組織論は図書館実務を志向するか,でなければ工学的な関心が中心で,こうしたものの基礎理論についての関心が弱かったし,研究も限られていました。そこで,日本の知識組織論を強化するためには,ISKOが行ってきた知識の総合化の営みを参考にするのがよいと考え,この研究会を立ち上げました。知識組織論事典(IEKO)はまさにこれを把握するのに最適なツールです。

すでにHPをつくり広報を開始しました。https://sites.google.com/view/korgj

この2年間に次の予定で研究会を実施します。

第1回 (2024年9月14日)Library and information science(Birger Hjørland)(報告者:根本彰)図書館情報学
第2回 (2024年12月14日)Knowledge Organization(Birger Hjørland)(報告者:根本彰)知識組織論
第3回 (2025年3月8日)Indexing: concepts and theory(Birger Hjørland)(報告者:橋詰秋子)索引:概念と理論
第4回 (2025年6月14日)Document theory (Michael Buckland) (報告者:大沼太兵衛)ドキュメント理論
第5回 (2025年9月13日)Subject (of documents)(Birger Hjørland)(報告者:塩崎亮)(ドキュメントの)主題
第6回 (2025年12月13日)Metadata(Matthew Mayernik)(報告者: )メタデータ
第7回 (2026年3月14日)Ontologies (as knowledge organization systems)(Maria Teresa Biagetti)(報告者:)(知識組織論としての)オントロジー
第8回 (2026年6月13日)Automatic subject indexing of text (Koraljka Golub) (報告者:)テキストからの主題索引の自動生成


前半にはこのツールの編集長であるデンマークの情報学者ビアウア・ヤアラン*が執筆した項目を読んで,知識組織論とは何かを話します。後半では,主題とかメタデータ,オントロジー,テキストから主題の自動生成といった応用的なテーマを扱います。

HPに参加方法が書いてあります。オープンな組織運営を目指しています。基本的にネット上でやりとりをし,会への参加・不参加も自由です。次のようなことに関心がある方に一度参加してみることをお勧めします。

・図書館情報学って何なのか。図書館実務と政治的なことにばかり関心が向いているようにも見えるのだが

・図書館が扱う図書や雑誌はなぜ特別扱いされるのか。しかし,今後,ネットに飲み込まれてしまうのではないか

・資料の組織化を図書館システムとMARCで済ませているのはおかしいのではないか

・一般にマルチメディアに対する関心は高いが,書かれたもの(テキスト,文字情報)の扱いには問題があるのではないか

・データ,情報,知識といった概念の違いはどこにあるのか。そこにはどのような認識論的あるいは社会的な過程が介在するのか

*注 ヤアランはすでに70代後半の研究者で,ボーデン,ロビンソン『図書館情報学概論』(近々,第二版の日本語訳が刊行予定)で紹介されるまで,日本ではほとんど知られていませんでした。単著を書かない主義のようです。ただ,IEKOに彼が20本ほどの項目(というよりも論文)を書いているのをつなぐと彼の思想の全体像が分かるようにしているようです。つまりオープンサイエンスを志向しているのですね。これは潔いだけでなく,今後の学術コミュニケーションの一つの方向を示しているようにも思えます。


FAQs

Q: 図書館情報学を学んだことがありませんが,ついていけますか

A: 図書館情報学の専門用語が出てくることは確かですから,ある程度は参加者が自分で調べたりする必要があります。しかし,ここで読むものは,通常の図書館情報学ではなくて,その原理論に遡ろうというものなので,そういうところに知的関心があれば大丈夫だと思います。


Q: 生成AIについて学べますか?

A: この研究会では学べません。なぜなら,それらのツールは集めたデータの処理と提示の方法が隠されているからです。知識組織論は知識の組織化がオープンな環境にあることが前提です。ただし,生成AIについてIEKOで新項が書かれる可能性はあるので,それが出たら取り上げることは可能です。

Q: 英語文献を読むのはしんどいのですが

A: 英語ツールを読む以上,ある程度の英語の読解力は必要です。実はAI発展のおかげで,英語の専門論文を読むのはだいぶんと楽になっています。Google Chrome他のブラウザで英語の本文に即座に日本語訳を付けてくれるので日本語文献のように読めます(ここに解説あり)。専門文献ほど用語が一意に決まる可能性が高いからです。もちろん,誤訳や多義的用語の訳がおかしいところはありますが,IEKOを使ってみての私の感覚でも7〜8割くらいは正しい訳を出してくれています。






2024-07-17

『図書館教育論』の刊行(付き・人名索引ファイル,詳細目次)

2019年の『教育改革としての学校図書館』(東京大学出版会)の続篇として,『図書館教育論』(東京大学出版会)がこの8月(奥付の日付は8月23日)に刊行されました。

「主体的・対話的で深い学び」=探究学習の原形はすでに戦後間もない時期の学校図書館の運営法の議論のなかに含まれていた。本書では学校図書館を探究学習に活かすための示唆や教育課程に取り入れることの可能性を戦後の図書館教育実践を辿ることで浮かび上がらせる。

これがうたい文句です。学校図書館は,司書教諭と学校司書という2種類の職員体制。司書教諭の多くは教員の充て職であり時間調整もなく機能しにくい,学校司書は養成体制すら正式には決まっておらず,多くは非正規職員で,それも一人の職員が複数校勤務というような状況。こうした職員体制の問題点が当の関係者だけでなく,大手マスコミ,SNSでも指摘されています。この状況の根本的な見直しをするには,なぜこのような捻れたものになったのかについての理解なしに不可能です,



本書は前書よりも踏み込んで,戦後教育改革において学校図書館を活かそうとする探究的な学習への仕掛けがあったのにも関わらず,昭和33年公示の学習指導要領の前後にそうした経験主義的な教育の営みがつぶされた過程を明らかにします。教育史ではコア・カリキュラム運動が戦後教育改革の申し子として語られますが,図書館教育というもう一つの核があったことがすっぽり抜けていました。図書館教育は学校図書館の場を舞台にして教育課程全体を経験主義的な(ジョン・デューイ的な!)ものに作り替えることを意図していました。それは日本の教育が国が決めた教育課程と教科書によって統制されていることに対して,学ぶこと,知ることはもっと自由でよい,それには学ぶための環境を整備し学ぶ方法を学ばせることを宣言したものでした。

これまで1948年の『学校図書館の手引』の作成とその伝達講習会によって戦後学校図書館行政が始まり,学校関係者の働き掛けで学校図書館法がつくられたというストーリーで語られてきました。そうした運動的側面は無視できませんが,文部省が教育課程に学校図書館を組み込み学び方を学ぶための図書館教育というもう一つの仕掛けがあったことは忘れられていました。本書はそれが文部省や各地の教育委員会が設定した実験学校で実施された経緯とそこでどのような教育課程がつくられ試されたのかについて詳細に明らかにします。また,これの中心になった文部省の担当官深川恒喜の思想や行動を分析して,これがどのような性格のものだったのかを明らかにします。

しかしながら,図書館教育はうまくいきませんでした。それは教育史の流れとしては,冷戦の始まりとともに教育課程が経験主義教育から系統主義への転換があり,とくに1958年告示の学習指導要領においてそれが明確になったことがあります。しかしながらこの指導要領においては学校図書館を教育課程において位置付けることも行っていて,1950年代から1960年にかけて図書館教育はまだ学校においても継続実施されていました。本書では,この戦後教育改革の過程を記述し、文部省だけでなく,日教組,帝大系大学教育学部,新制大学の教職課程,そして教育系諸学会が挙げてねじ曲げた経緯を「教権」という用語を使って描きます。教員が教育課程を取り仕切る考え方がこの時期につくられた結果,学校における司書教諭や学校司書のような教員と見なされにくい職員の位置付けが曖昧にされたことがあります。

また,本書は,近年の一連の教育課程,教員処遇の見直しは,1946年に始まり1950年代に頓挫した戦後教育改革が,実は現在も続いていることの確認でもあります。学校図書館関係者は自らが戦後教育改革の正統であることをもっと誇ってよいと考えます。本書は戦後の教育課程行政,そして教育学に対する(弁証法的意味での)アンチテーゼであり,学校教育関係者はこの挑戦に答える義務があると考えます。

このブログで報告したものをまとめて考察し直したということもできます。次のところをご覧下さい。


索引が事項索引のみとなっています。
人名索引は次のファイルとして置いてありますので,これをB5判でプリントアウトして二つ折りにして挟み込むとちょうどよい大きさになりますので,お使いください。(8月26日追加)

『図書館教育論』人名索引ファイル












また,目次も全体的なものと詳細目次の2種類を挙げておきます。


詳細目次

第Ⅰ部 学校図書館問題とは何か

第1章 学校図書館をとらえる視座

1 デューイの学校モデルを起点として
探究と図書館
教育DX,探究学習,学校図書館
探究学習のモデル
2 図書館教育をとらえる視点
これまでの学校図書館史研究
本書の概要

第2章 戦後学校図書館政策のマクロ分析

1 政策論の必要性
2 先行研究の確認と研究方法
        先行研究
        研究方法
3 第一期(戦後教育改革期、1947-1958年)
        問題の流れ—『学校図書館の手引』と学校図書館運動
        政策の流れ—文部省内の議論
        政治の流れ—学校図書館法成立まで
4 第二期(日本型教育システム期、1958—1987年)
        問題の流れ—学校図書館の職員問題
        政策の流れ—学校図書館行政の進み方
        政治の流れ—法改正の挫折
5 第三期(二一世紀型教育改革期、1987年—現在)
        問題の流れ—新自由主義における教育の見直し
        政策の流れ—読書推進の政策展開
        政治の流れ—二度の学校図書館法改正
6 学校図書館政策の窓はどのように開くのか

第II部 図書館教育という課題

第3章 戦後新教育における初期図書館教育モデル

1 戦前の図書館教育
2 戦後図書館教育のきっかけ
        『学校図書館の手引』(1948年11月)
        「学校図書館基準案」(1949年8月)
3 東京学芸大学附属小学校(世田谷校)(1948一1949年)
実験学校としての師範括弧ク附属校
図書館教育の位置付け
4 図書館教育論の拡がり
        雑誌『図書教育』における議論(1950年6月)
        天理学園図書館研究会(1950年2月)
        全国SLA図書館教育カリキュラム(案)(1956年3月)
5 阪本一郎と図書館教育研究会
図書館教育研究会の図書館教育
        図書館教育と読書指導との関係
        『読書指導ハンドブック』(1956年10月)
6 『学校図書館運営の手びき』(一九五九年一月)
7 図書館教育と読書指導の関係

第4章 図書館教育の実際

1 新教育カリキュラムとコア・カリキュラム運動
アメリカのカリキュラムの紹介
コア・カリキュラムとは何か
資料単元と学校図書館
2 図書館教育実践の準備過程
3 甲府市立南中学校の図書館教育(1949-1952年)
        山梨県内新制中学校の実験学校
        甲府市立南中学校の図書館教育
        山梨県内の図書館教育
4 東京都港区立氷川小学校の図書館教育(1953—1954年)
        氷川小学校と久米井束
        氷川小学校の図書館教育
        専任司書教諭としての増村王子
5 川崎市立富士見中学校の図書館教育(1952―1955年)
        新制中学校の学校図書館
        実験学校における読書指導
        教科学習と学校図書館利用
        幻の図書館教育モデル
6 栃木県立栃木女子高等学校の図書館教育(1955-1956年)

第5章 図書館教育の帰結

1 一九五〇年代の図書館教育
        図書館教育実践が示唆するもの
        図書館事務簡素化の試み−豊島区仰高小学校(1957-1958年)
        1958年学習指導要領前後の政策
2 資料センター論と読書指導
        資料センター論と大田区立田園調布小学校(1962-1953年)
        横浜市立本町小学校の読書指導(1963-1964年)
3 「教科と学校図書館の結びつきをはばむもの」

第III部 図書館教育が実現されるには

第6章 文部省初代学校図書館担当深川恒喜の図書館認識

1 分析の視点
2 宗務官時代と宗教観
3 学校図書館担当時代
       『学校図書館の手引』の編集
        学校図書館担当者としての問題意識
        学校図書館振興の方法
        アメリカ視察旅行
        学校図書館運動と地方教育委員会との連携
        学校図書館法の成立
        日本的学校図書館の始まり
        経験の実験室
4 道徳教育調査官時代
学習指導要領改定と教科調査官への配置換え
学校図書館に対する考え方
教材センターについて
道徳教育調査官として
5 「図書館教育の復権」
深川の事績のまとめ
深川の図書館観
後継者井沢純の思想
示唆するもの

第7章 二一世紀の教育課程につなぐために

1 担い手の問題
県教委専任司書教諭制度の挫折
沖縄の学校図書館
山形県鶴岡市の図書館活用教育
岡山県岡山市の学校司書配置
千葉県市川市の学校図書館政策
2 探究学習のための学校図書館は可能か
図書館教育の教育課程上の意義
教権の桎梏
教育DXの問題
3 リテラシーからメディア情報リテラシーへ
図書館教育の復権
リテラシーとコンピテンシー
4 学校図書館のリーダーシップ論
学校図書館の担い手問題再考
チーム学校の一員としての学校司書
学校図書館指導者の重要性

補論 学習リソース拠点の提言

あとがき

文献一覧

索引