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2026-03-09

受賞の言葉 二つ

 一昨年出した『図書館教育論:学校図書館の苦闘と可能性の歴史』(東京大学出版会)が今年度の学校図書館賞論文賞(全国学校図書館協議会)と日本図書館学会賞を受賞したことを報告しておきたい。また,それぞれについて受賞者の言葉を公表しているのでここに再掲しておく。

『学校図書館』(通号900) 2025年10月 p.52-54.


「図書館教育論」で主張したかったこと                                    根本彰

 このたび,昨年刊行した『図書館教育論—学校図書館の苦闘と可能性の歴史』(東京大学出版会)で学校図書館賞(論文の部)をいただきました。2019年に同じ出版社から『教育改⾰のための学校図書館』を出したのですが,テーマを「図書館教育」に絞り,戦後の流れを書いたのが今回の本です。その本を元にお話しした内容は私のブログ(https://oda-senin.blogspot.com/2025/08/blog-post_10.html)で発信しているので,詳細はそちらをご覧下さい。ここでは,強調したかったことをまとめておきます。

戦後新教育における学校図書館

 教育学でジョン・デューイの学校論は古典として扱われます。彼の『学校と社会』(1899)には学校のモデル図が描かれています。その1階は教育課程が⽇常⽣活と関わっていることを⽰します。外部には家庭やコミュニティ,農場などがあり,学校内部にはそれらを体験する実習室があります。2階はアカデミズムをベースにした美術や音楽,理科などの学芸が扱われ,そのための実習室や実験室が⽤意されます。

 いずれも子どもたちが生の体験をすることが重視されます。日本で経験主義教育というときに,そうした直接的経験の重要性を言うことが多いのですが,重要なのは,学校の外には大学や研究所,図書館・博物館があり,学校の1階の中⼼に図書室,2階の中⼼に博物室があることです。このことが意味するのは,学校が図書室や博物室を通じて外部の知と常につながりをもっていることです。デューイは「とりわけ他者の経験からくる新しい光,集結された世界の叡智が図書室に象徴されている」 と述べ,とくに,1階の中心にある図書室が子どもたちの日常生活の延長にあって,外部の知とつなげる役割があることを強調しました。これが,学校図書館思想のもっとも基本的なとらえ方です。

 デューイの経験主義思想に導かれて,占領下の⽇本で戦後新教育がスタートします。⽂部省は,新しい教育課程を検討するために指定した実験学校20学校のうち,東京学芸⼤学附属世⽥⾕⼩学校を「学校図書館」をテーマとする実験学校としました。指導者は同⼤学教授阪本⼀郎(読書⼼理学)で,「図書館教育」という⽤語はこのときに阪本が提案したものです。ちなみに,図書館教育という言葉は戦前は図書館を通じた教育全般を指し,社会教育が中⼼でした。

 阪本⼀郎は,図書館教育が読書指導と図書館利⽤指導が融合したものだとします。そして東京学芸⼤学附属⼩学校の実験学校が終わったあとも,関係者と⼀緒に図書館教育研究会を通じて検討を継続します。彼が作成した「読書能⼒表」(1952)は図書館教育カリキュラムを具体的に⽰すものとして,もっとも体系的なものです(本書p.90-91)。この表をよく⾒ると,現在なら,ここにリテラシー+情報リテラシー教育の基本は押さえられていると考えることができます。

 図書館教育は1948年から1953年までに全国に徐々に拡がっていきます。このときの指導者は⽂部省の担当官深川恒喜です。学校図書館をテーマにした実験学校は複数あったのですが,その報告書は,⺠間出版社から出版されました。また,都道府県教育委員会には学校図書館担当指導主事が任命され,指導主事の相互交流が⾏われ,地⽅レベルで推進されました。

 教育史で戦後経験主義教育というと,コアカリキュラム運動が取り上げられることが多いのですが,図書館教育はコア・カリキュラムと並んで経験主義教育の両輪となるはずでした。つまり,子どもたちの直接的経験と書物や資料を通じての間接経験がうまく組み合わされて,経験主義教育は完成するはずでした。コア・カリキュラム連盟の機関誌『カリキュラム』では学校図書館をテーマにした特集号が組まれています。また,全国SLAの機関誌『学校図書館』では図書館教育をテーマにした特集が組まれ,また図書館教育カリキュラム委員会が検討したカリキュラム表は『学校図書館』の付録として配布されました。

図書館教育の帰結

 とは言え,1950年代後半からは,教育課程が系統主義に転換したことで経験主義教育に対する関心は薄れていきます。また,1953年の学校図書館法で司書教諭の位置付けが中途半端になり,学校図書館に対する人的手当てが現場任せになったこともあって,図書館教育の理念も実践も徐々に衰退せざるを得ませんでした。

 とは言え,20世紀末頃から戦後教育に対する再度の⾒直しがはじまります。学習指導要領には「新学力観」「生きる力」「知の総合力」などが明⽰され,全体の時間数を減らすなどの措置が取られます。他方,子どもたちの読解力や国語力低下が指摘され,国の子ども読書活動の推進政策が開始されます。新しい動きに研究者やマスメディアから学力低下の懸念の声が寄せられますが,現在に到るまで,子ども読書活動に対する政策的支援の動きは継続します。

 そのなかで2004年に塩⾒昇⽒が「図書館教育の復権」を唱えています(『図書館界』56巻4号)。これは1997年の学校図書館法改正で司書教諭の制度的配置が明確になったことを受けて,新しい教育課程の実施に学校図書館を活用することが不可欠だと述べたものです。これとは異なる流れですが,20世紀末に文部省内に設けられた専門家会議で,司書教諭を情報専門家として位置付け直す考え方がありました(本書p.252)。しかしこの案は実現するに到りませんでした。このように学校図書館を「学習センター」や「情報センター」とする考え方もあったわけですが,学校図書館は全体として「読書センター」の制度化に向けて動いたということができます。その後2014年の学校図書館法改正で学校司書の配置が明記されました。

 学校図書館の現状を⾒ておきます。⽂部科学省の令和2年度「学校図書館の現状に関する調査」によると,ほぼすべての学校に学校図書館が配置されています。12学級以上の学校での司書教諭発令も100%近いものがあります。ただし,司書教諭としての週当たりの職務時間は,⼩学校1.8時間,中学校2.4時間,⾼等学校4.8時間とかなり限られています。国の地⽅交付税交付金の算定基礎に学校の図書整備や学校司書配置が書き込まれる財政措置はすでに20年以上続いていて,図書資料の整備や⼈の配置に使われています。ただし学校司書の配置はまだ⼗分ではありません。学校当たりの配置率は7割程度とだいぶ進んできましたが,そのうち常勤職員の配置は,⼩中学校で1〜2%,⾼等学校で52%程度です。

 以上により,学校には学校図書館が当たり前のように設置されていて,子どもたちへの資料提供は行われていることが分かります。最低限,教員および児童生徒による管理運営体制はつくられています。サービスを担う学校司書は,小・中学校だと非正規職員が兼務で配置されている場合が多いですが,高等学校だと半数の学校に正規職員が配置されています。これは,戦後のスタート時点からすれば各段の進歩だと言えるでしょう。

地域学習リソース拠点としての学校図書館

 この案ながらこれだと図書館教育を前提とした教育活動が可能な態勢になっていません。現在は学校内に子ども向けの公立図書館がある状態であり,教育課程との関係が「読書」でつながっているにすぎないものです。現在の学校図書館は「読書センター」としての位置づけは得ているが,「学習センター」「情報センター」としての位置付けになっていません。高等学校の図書館の半数には正規職員が入っているとすると,もっと教育課程との関係の議論があってもよいと思いますがそうはなっていない。それは,学校の教育課程を担う人が教育職員免許法で規定された教育職員であることが要求されてきたことも一因でした。

 今世紀になって子どもたちの不登校やメンタルヘルス問題,教員の過重労働などの傾向がはっきりして,そのあたりの解釈は緩められ,地域全般でさまざまな専門家やボランティアが加わった学校運営が指向されるようになりました。しかしながら,文部科学省でつくられた,教員以外の専門家を含めた「チームとしての学校」で諸課題に対応するという考え方には,当初学校司書も含められていましたが,現在は心理専門職や福祉専門職,そして学校DXを進める要員のための予算化が認められるにとどまっています。これは,2018年の文部科学省の機構改革時に,学校図書館担当部門が初等中教育局から総合教育政策局に移されたことが理由ではないかとの心配の声もあります。

 私は地域をベースにした学校図書館の課題として,探究学習や学校DXへの対応のために学校図書館を拡張し,地域学習リソース拠点としてとらえることの可能が高まっていると考えます。それは,地域全体で学校を支えるという考え方こそが,最初のデューイの学校モデルが前提としていたことだからです。公立図書館や博物館の支援や協力関係も含めて,図書館的な外部知を媒介することが拡大されたチーム学校の役割であり学校図書館がそれらを媒介する場とする見方も可能です。

 下の図は,各学校に,読書センター,学習センター,情報センターを⼀体的に運用する学校内学習リソース拠点を設け,学校司書,司書教諭,ICT担当の役割を果たすメディア専⾨職が配置されます。また,教育委員会単位で公⽴図書館や⼤学・研究機関,博物館,公⺠館などの機関と連携しながら,地域学習リソース拠点を形成するというものです。

 ここでは教育委員会に学校図書館担当の指導主事の配置が想定されています。また,メディア専⾨職の創設を睨んだ司書教諭/学校司書の養成の⾒直しと統合も検討課題です。これを可能にするためには,地域をベースとした図書館教育支援プログラムの実現性の検証と運営の実証的な検討が必要でしょう。

おわりに

 子どもたちに対する教育課程は,学校に最初から用意されるかたちで提示される知だけではなく,地域あるいは世界をベースに開かれた知のシステムを通して実施されるべきです。そのためには図書館教育のようなカリキュラムの考え方を基盤にもつことが必要です。現在進行中の教育改革は,さらに戦後教育改革の初期の時代にまで遡って根本的な再検討を行い,当時実現できなかった図書館教育の考え方を復活させることを提案したいと思います。

授賞式でのプレゼンのファイルはブログの次のところにあります。

2025-08-10 学校図書館賞受賞発表会「図書館教育の現代的課題」



受賞の言葉                                                        根本彰

[受賞の言葉] 今さら根本が学会賞かと思った方も多いのではないだろうか。すでに大学は退職したはずだが,なにかは書いているようだし,学会にも出てきているようではある。しかし,ここ数年の学会賞受賞作を見ると,雪嶋宏一氏の労作を除けば「若手」の博士論文が並んでいる。本来,そうした研究にこそ学会賞を出すべきなのに,なぜリタイア後の研究者にという疑問である。また,受賞作は以前に受賞した「書誌コントロール論序説」後の「本説」でもない。学校図書館史研究のどこが本学会に貢献しているのかよく分からないというのが,多くの会員の感想かと思う。それは当然の疑問であるが,こういう場を与えられたので私の考えを申し上げたい。
 最近の学会での研究発表や論文をみると,テーマや方法がきわめて多様で,個々の研究を理解し,議論できる人はかなり限定される状況になっているのではないだろうか。これはどの学問領域でも生じている現象ではあるが,図書館情報学の場合,その傾向は著しいように見受けられる。それは,図書館学に技術系の情報学を接ぎ木してつくられたこの領域特有の問題かもしれない。
 この学会が旧図書館学,あるいは大学の司書課程における図書館職員養成をベースにする限り,それに飽き足りない人たちが新しい学会をつくって別の場で似たような研究活動を繰り返すことも経験してきた。そのことに心を傷めなかったわけではないが,あくまでもこの学会をベースに研究活動をすることを決めていた。なぜか。
 それは,「図書館」というメディア装置の可能性が普遍的であると捉えているからである。そのことについて,ここ数年で『アーカイブの思想』(みすず書房)や『知の図書館情報学』(丸善出版)で繰り返し述べてきた。文明は書き言葉をベースに成立するから,その蓄積である図書館が一定の役割を果たすことは誰も否定しない。しかし,日本で他のメディア装置と比べて図書館の存在意義が理解されにくいとしたら,それは一つには日本特有の歴史的思想的な理由に基づくが,そのことをうまく理論化できないこの分野の研究水準も問題である。そして,それをもたらしたのが私たちの世代の研究者である可能性も否定できない。
 普遍性をもつにもかかわらずそれをうまく表現できていない状況について,幾分でも解消する努力をすることが必要だろう。本研究と同時進行的に書いていた『知の図書館情報学』はそのために取り組んだものである。本書とは別のテーマを扱っているがクロスするところがあることは,選考委員会評でも触れていただいている。さらにこのテーマを追求するのに,知識組織論研究会(KO研)を立ち上げて仲間を募り,ビアウア・ヤアラン『知識組織論とはなにか;図書館情報学の展開』(勁草書房)を翻訳した。これらは,図書館情報学を原点からもう一度見直そうとしたものである。
 学校図書館を取り上げたのは,日本の近代史において知の様態を把握するのに,学校教育との緊張関係が明確に見てとれるからである。国民国家の教育制度は国家が国民の知のあり方を何らかの意味でコントロールするものであり,教育課程はその意味で強いコントロールであるのに対して,それを緩和し解放する方向に作用するのが図書館である。本書では教員が「教権」によって知を支配していると批判的に述べ,そうした制度論的布置の歴史的な概要を把握することにした。実は強いコントロールは日本の明治以来の上からの近代化がもたらしたものであり,多くの場合,教員はそこに絡め取られている。本書で取り上げた図書館教育は占領期に導入された対抗措置だったはずだが,うまくいかなった。だが,本書はそのことの意味を歴史的に明らかにすることで,現代における再生を意図するものである。
 初心に帰るために,本書をすべて査読論文として書いた。これにより,この分野の研究水準と研究方法を意識することができたし,匿名の査読者からの批評やコメントが得られた。学会はよき07 図書館学会72-1学会賞報告 初校.indd   64同僚性をもつことを有り難く享受させていただいた。
 受賞後のスピーチでは,二つの点を強調した。一つは,本書を書くことで図書館情報学が本来,「知」あるいは「知識」を対象とする学問であることを取り戻したいということである。現在の人工知能の存在を前提とする状況のなかで,図書館もまた「知」ないし「知識」の変容と向き合わざるを得ない。本書および最近取り組んでいる一連の仕事は若い人たちに向けて,そのための対処法を手掛かりとして残したいというメッセージである。
 もう一つは,本書の受賞が,リタイア後のシニア研究者ないしその予備軍の人たちに対するエールになることである。そういう年齢になったからこそ書けることがある。実は身近な方はご存知だが,私は今から10年前に深刻な病的状況にあり,周りにたいへんご心配をお掛けした。それらの方々の支えもあってなんとかそれを克服できた。またむしろそれがあったからこそ,その後にここに書いたような研究が可能になった。歳を経ることが自らの知識組織をさらに深いレベルで進行させることを,身をもって経験した。
 最後に,受賞賞金を,本書が未所蔵だった県立図書館3館,教員養成系国立大学(旧帝大系大学図書館1館を含む)39館(「カーリル」調べ)に寄贈するのに充てさせていただいた。未所蔵は教育学と図書館情報学の距離を示すものでもあろうが,国立大学の運営費不足が図書館に深刻な影響を与えていることが気になった。

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