ページ

2021-09-16

メタファーとしての図書館

次のショートエッセイはある理由で、予定していた出版物への掲載を控えたものですが、せっかく書いたものなので、ここに公表することにします。


メタファーとしての図書館 Ⓒ根本彰

ヒューマンライブラリー(坪井, 横田, 工藤,2018)とかシードライブラリー(種の図書館)(Conne,2015)という運動がある。ヒューマンライブラリーは個人の人生を語ることで人間の相互理解を深めることを目的にし、シードライブラリーは植物の種子の保存と育成法を通して持続可能な社会を目指すという目的をもつ。前者は人そのもの、そして後者は植物の種を「貸し出す」という方法をとる。これらは資源の蓄積と再利用という図書館の手法を比喩として用いて実践的な活動を行うものである。コンピュータプログラミング用語にも「ライブラリ」があり、共通の機能をもつプログラムを再利用可能なかたちで用いるもので、同様の発想に基づくネーミングである。

他方、図書館について「大学の盲腸になってしまわないように…」とか「大学の馬の尻尾」といったようなネガティブな比喩で語られることがあった。19世紀後半にアメリカで研究大学構想を打ち立てたジョンズ・ホプキンス大学のD. C. ギルマン総長は「大学図書館は大学の心臓である。もし心臓が虚弱であれば他の全ての機関の機能はにぶる。もし心臓が強かったら, 溌刺として踊るであろう」と言ったとされる(山崎,1996)。これらは人体部位を図書館の比喩として用いる例である。研究大学で文献資料は血液であり現代的な図書館サービスはそれを送り出す心臓との位置付けをもった。

●迷宮、バベルの図書館 

西洋では古代ギリシア、ローマの著述家の写本が修道院や教会、そして大学のコレクションとして引き継がれ、あるものは東方のイスラム圏を経由して中世末期にヨーロッパに伝えられた。近代の人文学は、そうした多ルートで伝わった書物の蓄積からテクストを読み解き、相互関係がどうなっているのかを明らかにすることから始まった。こうして、多数の系譜により蓄積され相互に連関する書き言葉(テキスト)やドキュメントの集合体を図書館というメタファーでとらえることは、多くの思想家、文学者が試みてきた。ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』に出てくる北イタリアの修道院図書館はキリスト教神学と異端思想の拮抗の場として描かれている(エーコ,1990)。村上春樹の『図書館奇譚』は日常性の裏側に恐怖が潜む空間をめぐる物語である(村上,2014)。いずれも迷宮であるという点で共通している。

作家でアルゼンチン国立図書館長も務めていたボルヘスによる小説集『伝奇集』に描かれた「バベルの図書館」は、巨大な球体でありそのまんなかに無限階分の閲覧室が六角柱の連なりに穿たれたもので成り立っている。各階の6つの壁にはそれぞれ5段の書棚があり、各段に32冊の本が収納される…という記述で始まる。この図書館に納められた無数の本は、ありとあらゆる言語のありとあらゆる主題について書かれながら相互に内容的な関係をもちつつ同じ内容のものはない。それを管理する司書たちはその本の書誌学的な研究をしながら管理しているというものである(ボルヘス,1993)。

●夜の書斎とアルシーヴ

 ボルヘスの奇想は同時代の思想家フーコーの幻想の図書館論と通じている。彼は、夜の書斎においては一冊の本が別の本とつながり、ある本の一節から記憶の片隅の別の一節が浮かび上がるがその連想がどこから来るのか説明がつかないとし、「朝の書斎が見通しのきくまっとうな世界秩序をあらわすとしたら、夜の書斎はこの世界の本質ともいうべき、喜ばしい混乱をことほいでいるように思える」と述べる(フーコー 2006, p164)。夜の書斎はバベルの図書館の部分集合である。フーコーの初期の研究では、西洋の知の伝統のなかに臨床医学や精神医学、刑務所などの制度が立ち上がる瞬間を記述する方法としてアルシーヴの考古学あるいは系譜学を主張した。(フーコー 2012)ここでアルシーヴとはこのような相互にリンクし合うテクストの集合体であり、人文学はその関係の読み取りを行う取り組みである。そこに従来の図書館情報学で重視してきた著者性(authorship)の要素は希薄である。

●AI図書館とシュワの墓所

電子図書館は、数値データ、テキスト、画像、音声、動画といったコンテンツがインターネットにハイパーテキストで相互にリンクされた状態でオープン化されて、アクセス可能になっている状態のことであり、そこでは検索エンジンが目録の役割を果たすというイメージが広く共有されている。これが拡張された現代的普遍図書館の考え方である。検索エンジンの仕組みは言語処理による検索タームの一致度に基づいている。AIもまたその延長上にあり、インテリジェンスといっても個々のコンテンツに付与された、あるいは、そこから抽出された言語タームを一定のルールに基づいて統計的に処理する技術の集合である。検索エンジンはディープラーニングの仕組みを備えた一種のAIであり、多くの人が日常的にスマートフォンやタブレットでグーグル検索をしているのだから、図書館の領域ではシンギュラリティ(技術的特異点)に近づいているという見方もできる。

科学知識とそれを応用する技術を組み合わせて発展してきた近代文明の究極の展開として、AI的な知的装置を描いたフィクションでは多くの場合、最終的に文明はAIに裏切られるかAIの失敗によって崩壊する。宮崎駿の長編漫画『風の谷のナウシカ』の終盤で、主人公の少女ナウシカは、すべての知・記憶や生命を技術やアルゴリズムでコントロールする仕組みである「シュワの墓所」の主に対して、この仕組みを否定し、混沌と汚濁のなかからこそ文明や生命が生み出され、秩序の欠けた環境こそがよりどころになると宣言する(宮崎 1994, 第7巻)。

一見すると秩序づけられた空間に無数の本を納めたように見える図書館ではあるが、実は知の世界がもつ無定形性と相互連関のいずれの特性をも示している。図書館を実体的にとらえる立場においても、このようなメタファーから出発することで新しい視野が開ける可能性がある。


【引用文献リスト】

1 Conne, Cindy(2015)Seed Libraries: And Other Means of Keeping Seeds in the Hands of the People, New Society Publishers

2 エーコ, ウンベルト 河島英明訳(1990) 『薔薇の名前』上下, 東京創元社

3 フーコー, ミシェル 小林康夫他編 (2006)『フーコー・コレクション 2 文学・侵犯』筑摩書房

4 フーコー, ミシェル 慎改康之訳(2012)『知の考古学』河出書房新社

5 ボルヘス, J. L.,鼓直訳(1993)『伝奇集』岩波書店

6 坪井健, 横田雅弘, 工藤和宏編(2018)『ヒューマンライブラリー:多様性を育む「人を貸し出す図書館」の実践と研究』 明石書店

7 宮崎駿(1994)『風の谷のナウシカ』全7巻, 徳間書店

8 村上春樹(2014)『図書館奇譚』新潮社 

9 山崎賢二(1996)「図書館の比喩としての「心臓」」『医学図書館』43巻2号, 252-256


0 件のコメント:

コメントを投稿